[コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2017/05)


夢を売る仕事は3つある。

ロックスター、ホスト、そして業務スーパーである。

とりわけ、業務スーパーはグレートだ。


だが、君にとって大きすぎる夢は、決して買ってはならない。


(今回のコラムは前回の続きなので、まだ読んでいない方は、まずそちらをどうぞ。)




前回のコラムで、大量の巨大にぼしを購入してしまった私であるが、
途方に暮れながらも、胸の内には密かにワクワクの火が灯っていた。

こういう、用途が限られまくってアレンジしようのない食材。しかも大量。
お料理冒険家である私にとって、これ未知の大陸を発見したにも等しい。

そのもの言葉通り、さあどう料理してやろうか、いざ進めやキッチン!
と意気込み、あれこれ試してみたので、
今回はその結果を報告したいと思う。

ちなみに注意点としては、まず第一に、巨大なにぼしを大量に購入しないことである。

それでは「巨大にぼしでクッキング編」
いってみよう!


仮説1
「乾燥しすぎているのが問題ではないか。」

前回試した、ごま油と粒の花椒で炒めたカリカリにぼしでは、巨大にぼしが際限なく油を吸いまくってギトギトになり失敗した。
そこで、一旦にぼしを水につけて戻し、
しかるのちにごま油で炒めることで、油の吸収を抑えることができないか。
戻してしまえば、言わばイワシのごま油炒め。
不味いわけはあるまい、と思ったのだが、omg!

なんこれ、全然戻っておらん!

一晩水につけても、結局例のぐにぐに食感。
むしろ出汁が抜けてしまって、無味のぐにぐにとなった。
想像してごらんなさい。無味のぐにぐに。

完全に失敗である。



仮説2
「味がしっかりついていないのが問題ではないか。」

戻したにぼしで無味の辛酸を舐めた私は、次は逆に濃い味つけに振り切ることにした。
いかにぐにぐに食感とはいえ、味のしっかりしたソースで煮込めば美味しくいただけるのではないか。
業務スーパーにて「トマト&バジルのパスタソース」を購入。
680gでなんとお値段200円ちょい。
夢を売る仕事は3つある。とりわけ、業務スーパーはグレートだ。

小鍋にソースをあけ、にぼしを投入し、しっかりと煮込む。
煮込んだら、一度冷ます。ここがポイント。
煮物は、温度が下がっていく過程でいちばん味が染み込む。ましてや相手は乾物である。
トマトソースを存分に吸ったにぼし。
不味いわけはあるまい、と思ったのだが、omg!

なんこれ、全然染み込んでおらん!

煮込めども煮込めども、結局ただのにぼしテイスト。
さらに炒めていないせいか、頭とワタの臭みが際立ってしまい、
「臭みにぼしのトマトソースがけ」といった風情。
ちなみに食感は、またもぐにぐにであった。

完全に失敗である。



仮説3
「むしろ乾燥しきっていないことが問題ではないか。」

トマトソース煮込みの後も、キムチ鍋用のつゆで煮てみたり、醤油とみりんで煮てみたり、あれこれ試してみたものの結果は変わらず。

そこで私は一度原点にもどり、カリカリの食感を求める方向を模索することにした。
参考に、「にぼし 料理」「にぼし カリカリ」
などで検索してみると、出るわ出るわ、
お料理冒険家の友、クックパッドに並ぶにぼし料理の数々。
中でも多かったのが、ラップをせずにレンジで加熱するだけの、お手軽カリカリにぼし。

これなら油をつかわないのでギトギトになる心配もない。
クックパッドにしたがい2分ほど加熱したが、さすがにサイズ的にもう少しかかるようで、さらに2分加熱。

さあこれで問題なかろう、要はただのちょっと大きなカリカリにぼし。
不味いわけはあるまい、と思ったのだが、omg!

はらわたが! はらわたが溶け出している!

身はよい。いい具合にカリカリだ。
しかし、はらわたが。
焦げながら溶け出し、めとんめとん。
身に皿にセメダインのごとくこびりついておる様、これ、もはや食べるバイオハザード。

溶けんの? はらわたって。

お味のほうも、えぐみと苦みでめとんめとんであった。

完全に失敗である。




こうして、私のお料理冒険は幕を閉じた。

もはや万策尽き、
冷蔵庫には800gばかりであろうか、一向に減る気配のない大量の巨大にぼしが残った。

ただ、ここまで冒険を繰り広げた挙句に、単純に出汁用に使用することとなっては、完全な敗北である。
いや、敗北はしている。
しかし、大切なのはスピリットである。

それからというもの、来る日も来る日も、
私はにぼしを食べ続けた。
冷蔵庫から出し、そのままもそもそとかじる。
まずい。もっそもそである。骨もぐっさぐさである。
だが、食えないことはない。
大切なのは、そう、スピリットである。


そして、1ヶ月が経った。

戦いは静かに終わった。

冷蔵庫からにぼしが消えた。
暮らしから曇りが消えた。
食卓には彩りが、私には笑顔が戻った。

このまま平穏な日々が続くかと思った。

しかし、数日後、
立ち寄ったスーパーの棚で見つけた、塩麹。


「肉を漬け込むと、うまみが増し、やわらかくなります。」

「肉を漬け込むと、うまみが増し、やわらかくなります。」


思わず2度読んだ。

それは業。お料理冒険家の業。
灯ってしまった、ワクワクの火。

気づけば私は、業務スーパーのドアをくぐっていた。

帰りの荷物は重かった。
1kgの、それは、私の覚悟の重さだった。




仮説4
「そもそも身自体が硬いのが問題ではないか。」

にぼしが硬いのは、乾燥しているから、と思っていた。
もちろん乾燥しているからでもある。
しかしこれが、水につけても煮込んでも、どうにもうまく戻らない。ぐにぐにする。

これは、煮てから干す、というその工程に問題があるのではないか。
一度火を通すことで、すでにある程度固まっているものを乾燥させていて、
戻すもなにも、そもそもが硬いものなのではないか。

ではさて、固まっているのは一体なにかと考えれば、
これはタンパク質である。たぶん。
熱により固まり、乾燥によってさらに固まった、
ガチガチのタンパク質の塊。それがにぼしの正体だ。たぶん。

これを、タンパク質を分解してやわらかくするといわれる塩麹に漬け込んだら、どうなるか。

袋ににぼしと塩麹を入れ、一晩漬け込む。
翌日、それを焼く。フライパンで弱火。
焦げないよう、じっくり焼けば、完成。

上手くいけば、これ言わば、ただの塩麹漬け焼き魚である。
不味いわけはあるまい、と思い食べてみれば、omg!

こ、これは、うまい!

なんてこった!
やわらかいとまでは言えんものの、塩麹により嫌な硬さがとれ、
むしろ「歯応えがある」と、ポジティブに形容しても良さそうな食感。そう、ぐにぐにではないのだ。
そして西京焼きを思わせる豊かな香り。
広がりのある旨味。

惜しむらくは、若干塩がきつい。
骨はやはり刺さる。はらわたはやや臭い。

だが、光が見えた。壁を越えた。
1人のお料理冒険家の旅が、ついに佳境を迎えた。
いざ進めやキッチン!
私は駆けた。にぼしお料理大陸を全速で駆けた。

塩がきつい。
漬け込みにみりんと酒を足した。
ついでに旨味を増す効果も狙った。

骨が刺さる。
多めのごま油でカリカリに焼いた。
漬け込み液を吸ったにぼしは、ごま油を際限なく吸うことはなかった。


そして、はらわたが臭い。

臭みを消すには。

臭みを、消すには。


迷いはなかった。

キッチンの神に導かれ、食器棚の下の引き出しに手をかけた。

ごま油がにぼしに吸われ、焦げてしまうので使えなかった。
巨大にぼしを買ってから、ずっとしまったままだった。
今の今まで忘れていた。


引き出しをあけた。
刺激的な香りが広がった。

そこには、この1ヶ月ずっと使えなかった、
粒の花椒があった。









夢を売る仕事は3つある。

ロックスター、ホスト、そして業務スーパーである。

とりわけ、業務スーパーはグレートだ。


ゆうに100食は作れるであろうカレー粉の大缶。
1パック1.36kgのクリームチーズ。
4kg入りのスパゲティ。
もしも君が望むなら、大鍋にあふれんばかりのねじりこんにゃくを入手することだって容易い。

そして、出汁コーナーの棚には。

そこには、1kg入りのにぼし型の夢と、

かけがえのない、お料理冒険の日々が売られていることだろう。
さあジョイナス! 今日からきみもお料理冒険家の一員だ!


ちなみに注意点としては、いかに美味いものができようとも1kgはさすがに飽きて、
次第に作るのも面倒になってくるのであって、

やはりまず第一に、巨大なにぼしを大量に購入しないことである。

それでは、また次回。アデュー。