[コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2015/02)


なんだい? 若さの秘訣かい?


そうだね、


「パーフェクトな驚いたリアクション」を決めるためにはね、
パーフェクトに冷静でなくてはいけないんだよ。

本当に驚いた人ってのはね、頭も体もフリーズしちまう。
状況の理解に時間がかかるのさね。


それは自然な反応だし、もちろん、「パーフェクトな驚いたリアクション」の為にはそれも再現しなくてはいけないよ。

ただ、本当に驚いちまったら間が良くない。出てくるセリフが良くない。

だから、あくまで冷静に、

「オーマイガッ! 俺の頬に塩を効かして、酒の肴にでもしようってのかい?」


「オーマイガッ! 俺の頬に塩を効かして、酒の肴にでもしようってのかい?」


頭の中で繰り返しながらね、その時を待つんだよ。



2月3日。そう、あたしの誕生日さ。

それはそれは気の抜けない1日だったね。


日付けの変わる瞬間から、次の日付けの変わる瞬間まで。
24時間、いつどこからサプライズが襲ってきてもいいように、


それがたとえトイレの中でも、たとえ夢の中でも、


「オーマイガッ! 俺の頬に塩を効かして、酒の肴にでもしようってのかい?」


「オーマイガッ! 俺の頬に塩を効かして、酒の肴にでもしようってのかい?」


頭の中で繰り返しながらね。



夜までずっと気を張ってはいたけど、誰も現われなかったよ。
そうだろうね、狙うならおそらく23時。

スタジオでのリハーサル終わりの、部屋から出た瞬間。
今年の誕生日もこれで終わりか、何もなかったなと思ったその瞬間。絶好のタイミング。逃す手はないよ。


内心のドキドキを抑えながら、スタジオの防音ドアに手をかける。

冷静に、冷静に、「オーマイガッ!」「オーマイガッ!」
大丈夫、パーフェクト。

さあ、矢でも鉄砲でもバースデーケーキでも、なんでも来やがれ。

気づけば猫足立ちで、全身で辺りの気配を、空気の流れを感じながら。


ドアを開ける。

外に出る。

一歩、二歩、

不自然にならないように、右に目をやり、左に目をやり、



…………




不自然にならないように、後ろをちらっと振り返り、



…………




…………





……… !! 上かっ!!!


なんつってドラゴンボールさながら、上空を見上げたものの、
そういえば、武空術を使える知り合いはいなかったね。






よく考えたものさ。いや、驚いたよ。サプライズってのは、いろんな方法があるもんだね。


「逆に、あえて何もしない。」

サプライズ大成功さ。
連中、きっと今頃大騒ぎだろうね。うふふ。
いやあ、やられたよ、なんて言いながらあたしも混ざりたいけれど、
「あえて何もしない。」に対しては「あえて何もしない。」が粋ってもんさ。
今夜はそれぞれ、それぞれの場所で飲む。いい誕生日だよ。


……なんだい、近頃のビールはやけに苦いね。

スーパー、ドライ。

そうさね。

ウェットなのはいつだって、あたしの頬と性格ばかりだったよ。



てなわけでございまして、ええ。






先日、29歳になりまして。



早生まれなもんで学年で言うたら三十路と同期であります。





そういや考えてみれば若干体力は落ちておるし、

二郎系のラーメンとかが好きだったのが、口ではマシマシ言えども身体は筑前煮ばかりを求めておるし、

戦略的撤退を繰り返す頭髪の生え際は完全に反撃の機を見失っておるし。



歳とったなー、なんて、それなりに思う。

10代の自分が今の自分を見たらどう思うか、なんて屁ほどの役にも立たんことを漠然と考えたりもする。




しかし失った体力や消化能力の分、抜け落ちた頭髪の分、かは知らぬが、
諸々を重ねてどしっと腰が入り、今、数年前より明らかにかっこよいバンドをやっておるのであって、
その点では、歳をとるのも、そう悪いもんではないな、と思う。

同年代の仲間のバンドも皆ばりかっこよい。
しかもちょっと売れてきてる。最高だ。

思えば30年、出遅れたおして、遠回りしたおして、行き詰まりたおして、
ここまでやってきたけども、
今やってることは、それらを全部経た今しか形にできないことばかりであった。
どうやら俺、ここに至る最短距離を来たのだ。
がっはっは。なんとも長い最短距離だ。


10代の頃の自分が今の自分を見たら?
オーケー、キッズ。見に来るならできればライブにおいでなさい。
終わったらすぐエレキギターを買いに行けるように、お金を貯めておきなさい。

てなことを申しましてな、ええ。




これからも拙者、寄る年波にボードを構え、日々を時代をサーフしていく所存でありますから、
皆さんひとつよろしくお付き合いをお願いしますね。



おっと、いかんいかん、石けんシャンプーが切れておった。
生え際の反撃だけはまだあきらめてはいないぜ、2015、冬。







……なんだい? 若さの秘訣かい?




歳を重ねていくことを、楽しむことさ。