[コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2016/03)


今、ふんどしが熱い。


真に理想的な下着とは何か? 皆さんは考えたことがあるだろうか。

ゴムの締め付けがないため血やリンパの流れを妨げず、通気性がよいためムレにくく、
冷えない、むくまない、かぶれない。おまけに洗濯もきわめて楽。

オー、なんそれ、どこの新商品?
わこーる? らう゛ぃじゅーる?

否。日本古来のアンダーウェア、ふんどしである。

中でも冷えを防ぐ効果はこれ抜群。
気になる下半身のダイエットにも効果があるとして、昨年から若い女性を中心に起こったふんどしブーム。

各メーカーから従来のイメージを覆すかわいいデザインのふんどしが発売され、
なんこれ快適! もうふつうのパンツには戻れない! との声も多数。
今、ふんどし女子、略して「フンジョ」が増えている、という。

ほんまか。
「静かなブーム」ほど怪しいものはない。
しかし拙者、昔から血やリンパの流れが非常に悪く、冷えからくる下半身太りが慢性化しておるのであって、
下半身ダイエットという言葉に非常に弱い。
女性用が推されてはいるが、男性用がないわけはあるまい。なんせふんどしである。
気になる。こいつあ、気になる。

かねてより気になったものはほっておけん性格の拙者はさっそくリサーチを開始し、
あれこれ悩んだ結果、「ネパールの職人が作った生成り無地のオーガニック麻ふんどし」を購入。

ちょっとズレた柄ばかりいろいろありすぎて、も、どれでもえわい、となり、
一番安くてシンプルなやつにしたのであったが、これが完全に失敗。
当然ではあるが、そのあまりにもふんどしふんどしした見た目に愕然。わしは今まで一体なにを、となり、
ひとり立ち尽くしつつ、数日後に迫った大寒波の到来を待つこととなった。

と、ここまでが前回のあらすじ。

さて、今回はその後の話である。

天気予報ってのは大したもんで、まさに数日後、猛烈な寒さが町をおそった。
人々はみな家に引きこもり、犬までもこたつで丸くならんばかり。
前述の通り血行の悪い拙者。
寒さにはめっぽう弱く、なにもなければすぐに毛布をかぶって寝てしまうのであるが、どっこい。
なんと何十年ぶりの大寒波にもびくともせず、ひときわアクティブにかけまわっているではないか。

一体なぜ? はうどぅでいどぅーだっ?

答えは、そう、ふんどしである。

見た目は完全にヤバイ。絵に描いたような、まさしくふんどし。

臀部はダルンダルンになった女性用ショーツのごとき馴染みのない形に覆われ、サイドはむきだし、ひも一本。
フロントにはべろんと四角い布が垂れ、そいつをめくれば、おっと、そこから先は漢の世界だぜお嬢さん、とでも言わんばかりのわっしょいフォルムである。
下着の色が生成りというのもまた良くない。使い古して黄ばんできた白ブリーフを彷彿とさせる。

だが、機能性もまた、これ完全にヤバイのであった。
無論逆の意味である。

身につけた時点での感想は、おお、なんかいい気がする。とか、
うむ、たしかに楽だな。ぐらいのもんであるが、
さて、その状態で服を着て、ちょっと外出してごらんなさい。
たとえばそこのスーパーまで。はい。自転車に乗ったとしましょう。漕いだとしましょう。ぐいん。はい。どうでしょう。
omg! なんこれ、超動く。脚が、超動くではないか。
そう、ふんどしはゴムによる締め付けがなく、脚が付け根の部分から完全に開放されているので、動きやすいことこの上ないのだ。
開放されるまで気づかなかったが、特にボクサーブリーフなどは、脚の付け根あたりをサイドからぐっと抑える構造になっている。言わば軽い大リーグボール養成ギプス状態であったのだ。

そして、動かした時の血流がまたすごい。
腰の部分で分断されていた上半身と下半身の血流が一体となり、滞りなく全身を巡りだす。
そして感じる、一生命体としての小宇宙的なエナジー。今にもはばたかんばかりのペガサス幻想。

大げさだとお思いだろうが、これは結構びっくりというか、目からウロコというか、
あー、身体って全部一体なのね。という感覚。
これはいまいち説明し辛いので、
体験したい方はふんどしを購入するか、
いきなりふんどしはハードルが高いぜ、という場合は、おそらく同じ効果が得られると思いますので、
下半身裸で自転車を漕ぐなどしてみると良いでしょう。ええ。

感動のあまりスーパーをすっ飛ばし、小一時間ばかりのサイクリングから帰宅した拙者は、もはやすっかりふんどしの虜であった。
そして、ズボンを脱ぎ鏡を見てみて、あらためて絶望。
しかし身体はもうふんどしの虜。
しかし鏡を見てあらためて絶望。
しかし身体はもうふんどしの虜。

悪い男性に惚れてしまう女性というのは、こういう心境なのだろうか。
違うか。
かくして、ネパールの職人製作のふんどしは、我が家の洗濯ローテーションに組み込まれ、
だいたい週に一度、人知れずふんどしを締める生活が続いた。

アタリのパンツ、というのが皆さんにもあるだろうか。
たくさんある中で特にデザインが気に入ってるとか、特に履き心地がいいとか。
何枚かで回していく中で、そのパンツの日が来ると朝からなんだか気分がよくなるような。
勝負パンツってわけじゃないが、ちょっと大事な日にはつい選んでしまうような。
拙者にはそれが、ふんどしだった。

ハズレのパンツ、というのが皆さんにもあるだろうか。
まさか捨ててしまうほどではないが、他のに比べると履き心地がいまひとつで、朝からわずかながら気分が晴れなくなるような。
拙者にはそれが、ふんどし以外の全てになった。

気づけば週一ほどだったふんどしペースは、週ニ、週三へと拡大していた。
ふんどしはその材質と構造から、手洗いでもしっかりきれいになり、乾きも非常に早いのであった。
素晴らしきかなふんどし。その脅威の機能性。

しかし、時は平成。

我々フンドシタンは偏ったイメージによる、無言の弾圧を受けている。

たとえばロックバンドのボーカリストが、アグレッシブなステージアクションの結果Tシャツがめくれ上がり、いささかローライズめなパンツの下、ウエストのあたりに下着がチラッと覗いたとしよう。
シャイなお嬢さん方は思わず、きゃっ、となり、ある種ナイスなハプニングとして受け入れられるかもしれぬ。
ところがその下着がふんどしであった場合は、どうかね。
ゲイなお兄さん方が思わず、きゃっ、となり、ある種ナイスなハプニングとして受け入れられた日にゃ、君。
というのは冗談にしても、年頃の娘さん達はどん引き、客席はなにやらざわつきだし、
その後いかに渾身のラブバラードを熱唱すれども、皆の頭はふんどしでいっぱい、ということになろう。
今や週三ほどの敬虔なるフンドシタンと化した拙者も、ステージに立つ時ばかりは南蛮パンツ。
また、普段もふんどしの日には、人目に触れぬよう細心の注意を払って生活せねばならぬ。
おお神よ、 拙者はこのまま隠れフンドシタンとして、こそこそと暮らし続けるのか。
身体は締め付けから開放され自由になったというのに、
その代償に心を締め付けられるというのか。
皆の者、一揆じゃ、一揆を起こすのじゃ!
平成を生きるフンドシタンに自由を!
ここ寺田町は、フンドシタンの島原なり!

と、おもむろにスマートフォンを取り出し、「藍染 染料 通販」で検索。
とりあえず生成りの色をなんとかしよう、藍染ならばジーパンの色と紛れて目立たんのやないか、という苦肉の策。
ずいぶん弱気の一揆であった。

決行は深夜。
場所は寺田町、我が家近くの公園。
集った勇士は、染料、還元剤、バケツ、ゴム手袋、ラップ、そしてふんどし。

藍染ってのは面白いもので、染料は実は黄色い。
その染料を布に染み込ませ、それをまんべんなく空気に触れさせ酸化させることによって青が発色するのである。
ならば最初から酸化した青の染料で染めたらあかんの? と思うが、それだとどういうわけか布が染まらんのだそうな。

なのでシステム上、藍染染料には空気はご法度。
バケツにはった水の中で開封し、還元剤を加え静かに混ぜて染料液を作ったら、液面にぴったりとラップを張り、その隙間からそっと布を沈めるのである。
ここで使う還元剤というやつが曲者で、水に入れた際にやや有毒なガスを発生させるため、ベランダや野外での作業が推奨されている。
しかし、今回はものがふんどしである。
白昼の公園で染めるわけにもいかず、
かくして人目のない深夜の決行となった。

未だ大寒波去り切らぬ真冬の草木も眠る丑三つ時。
こんな時間に誰も立ち入るはずのない町の寂れた公園に現れたのは、しきりにキョロキョロとしていかにも人に見られたくない風の、何やら大きなバケツを抱えた男。
おもむろに手袋を身につけ、バケツに水と何やら薬品と思しき諸々を加え謎の液体を作り、
そこにぴったり張ったラップの隙間から、なにやら布のようなものをそっと沈め、
慎重に様子を伺いながらゆっくりとかき回し、
しばらくして引き上げたその布は、

オー、なんということだ! 黄色く染まっていたはずの布が、みるみるうちに青く変色していくではないか!
うおお、男が変色した怪しげな布をバタバタと振り回し始めた!!
こうしちゃおれん、一刻も早く通報を!!

「ちょっと君、何してるのこんな時間に。」

待ってくれ、怪しいものじゃないんだ!
私はただ、フンドシタン達を弾圧から救うために……

「フンドシタン? まあ、とりあえず話は署で聞こうか。」

くっ、貴様ら幕府の手の者か……!

「幕府? っていうか、まあ公務員になるんだけどもね。
その、布? それも、ちょっと預かっていいかな。」

そ、それだけは! これは我々フンドシタンの命にも等しきもの!
あくまでも弾圧するというのならば、かくなる上は……!









次のニュースです。

深夜の公園でふんどしを染めていた男が、怪しい男がいると通報を受け駆けつけた警察官に暴行を加え、逮捕されました。
男は「俺はふんどし界の天草四郎だ、フンドシタン達に自由を。」と意味不明の供述を繰り返しているということで、
警察では薬物の使用などの可能性も視野に入れて、捜査を進める方針です。


といった妙なニュースが流れたとしたら、そいつは十中八九拙者であるが、
幸い誰にも見つからずに藍染は完了した。
ちと脱線が過ぎましたな。すまんすまん。

しかし、夜な夜な極寒の公園で藍染の酸化を早めるためふんどしを振り回す三十路の男には、
いずれにせよちゃんとした捜査が必要かもしれぬ。

えー、悪ノリしとるうちにすっかり長くなってしまったので、
そろそろまとめねばなるまい。

寺田町フンドシタン一揆の顛末はといえば、なんとも微妙な結果となった。
藍に染まったふんどしは、確かに生成りよりは馴染みがよいものの、当然形状は相変わらずであり、
ダルンダルンの女性用ショーツのような臀部、サイドはひも一本、
そして前に垂れた布をめくれば、漢の世界わっしょいフォルムであり、
相変わらずお見せするにはヤバイ見た目である。
週三ぐらいのふんどし生活は、さすがにこまめに洗うのが面倒になり、週一程度に減った。
しかし、相変わらずふんどしの日は快適で、アタリパンツ扱いだ。
なんなら、SHAREFUNというブランドの新しいふんどしの購入も検討しつつある。「RED GAMBLER」「CHARISMATIC MAN」「I'M A GENIUS.」等、モデル名がヤバくて最高である。
数年前から女性達の間で起こった静かなふんどしブームは静かなまま過ぎ去り、ブーム自体を知らなかった人も多い。
拙者はふんどし愛用のおかげか、若干の下半身ダイエットに成功し、目下継続中である。
なんだか気づけば部屋には足指パッドやバランスボールなども増えていたので、ことによると前世はOLかなにかかもしらぬ。

3月に入ったというのに寒い日が続く。
冷えがちな身体、血行の改善にふんどしはおすすめであるが、見た目はどうしたってヤバイ。
フンドシタン達の春はまだまだ遠い。

前回も書いたが、日本ふんどし協会によると、2月14日はふんどしの日だそうである。
2月14日がふんどしの日ならば、3月14日はふんどし返しの日となるであろう。

フンドシタン諸君におかれましては、春を迎える手始めに、
来たる14日、バレンタインにチョコレートをくれた女性に、お返しにふんどしを送ってみてはいかがか。
さすれば、義理チョコのお返し代わりの斬新なネタだと捉えられ、
あ、そうか、義理だと思われちゃったんだ、しょうがないよね私なんかじゃ。あーあ、けっこう本気だったんだけどな。
となり、
女性特有の恋愛の切り替えの早さに置き去りにされ、
あれよあれよと言う間に、ただの友達になり、次第に疎遠になり、あーいたよねふんどしの人、といった思い出話の中の人となり、
それがどこから伝わったのか、まわりの女性皆から、あーあの人がふんどしの、と噂され、避けられることになるでしょう。

それもまた青春ってやつだぜ!

それではこの辺で。すべてのフンドシタンに幸あれ。