[コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2014/08)


コンビニからファミ通が消えた。

棚にはanan、曰く「感じ合う悦び。愛とSEX。」

誰がどういうつもりで読みますのか。
ようわからぬけれども、それよりもファミ通の需要は、なくなってしまった。



ファミ通。

エンターブレイン、旧アスキー刊行のゲーム雑誌。
テレビゲームの情報を取り扱う雑誌は、ファミコンからのゲームブームで実にたくさん出来たけれども、圧倒的に最もポピュラーなのがファミ通だった。
漫画誌で言ったら少年ジャンプみたいな。

情報の早さ、豊富さはもとより、ゲームレビューの視点の鋭さや、
ディープなゲーマー達が編集しているだけあって、ちょっと斜めから切り込むセンス、にもかかわらず全体にポップにまとまっている見事なバランス感覚。

名物投稿コーナー「ゲーム帝国」
これ、読者から来る様々な質問に対し、語り部、悪魔、女神、などの一癖も二癖もあるキャラクターが半ば大喜利的に回答する。というコーナーなんやけども、
これのキャラ設定や文体のナイスさ。
(コラム読んでくれている人に、たまに、影響を受けた作家とかいますのか、みたいなことを聞かれることがあるのやけども、
お答えしよう。町田康と、大槻ケンヂと、ゲーム帝国です。
拙者、という一人称からもうゲーム帝国の影響です。)

そして、投稿が採用された読者に贈られる、架空の通貨「ガバス」
これを集めることで、賞品のゲーム機やソフトと交換できる、というシステムで、
そうそう簡単には採用されぬために、ファミ通ファンの間ではガバス自体が憧れのアイテムみたいな節も、ちょっとあったと思う。
かくいう拙者も、何度か投稿してみたことはあったけども、1度もガバスを手にしたことはなかった。




−−−−−−−−






「大腸ガンはじめました。」

ツイッターのプロフィールが、その文に変わった。
彼がやりそうなことだ。噂には聞いてたから、ガンの話は本当だろう。

とはいえガンって言ったって色々。
どう考えても死ぬようなキャラではないし、さすがにそこまでポップに書くってことは、手術とかで治るようなやつなのだろう。
バンドもバタバタ、私生活はさらに極限までバタバタ、な時期だったので、また行ける時に見舞いに行こう、なんて考えていた。
ガンっていう言葉の重さが、その時の自分には遠かったのか。
バタバタしたまま、気づけば夏になった。


友達、と言うにはなんやら照れ臭い、
ごくたまにしか会わんけど、なんか気の合うやつ。
筋金入りのゲーマーで、大抵のゲームは達人の域に達している。
ファミ通好きで、ゲーム帝国の話で盛り上がったり、
バンドでベースを弾いていたのやけど、ライブの時はファミ通Tシャツを衣装にしたりしていた。

ゲームばっかやってると馬鹿になる、なんて我々の世代は良く言われたけども、
彼もまあ、奇人変人の部類の人だった。
自分もゲームばっかやって育って、学校もいかんかったぐらいだから、よくわかるのだけども、
そういうやつは馬鹿になるっていうより、コミュニケーションが苦手になった結果、照れ屋で斜に構えた、寂しがり屋になるのだと思う。
その結果、変人に見える。というか、実際まあまあ変人になる、が、仲良くなってみれば皆、根は素直でいいやつだ。
頭はなんなら切れるようになる。昔のゲームの理不尽な謎解きを侮ってはならない。

拙者も照れ屋で斜に構えてはおるものの、無論根は素直なナイスガイであるからして、
彼とも気が合ったし、もう1人そういう仲間がいて、たまに3人で朝までスト2をやったりしていた。

皆、あまり自分からは誘わない。たまたま会ったら、おお、やるかい?
となり、結局朝までになる。そういう感じだったのやけども、

夏の終わり頃になって、珍しく、そのもう1人の仲間から電話が鳴った。


「お前、あいつの見舞い、行ったか?」


「いや、バタバタしてて、まだ行けてないんです。」


「今のうちに行っとけよ。今週いっぱい、もつかどうからしいぞ。」






ゲームばっかやって育ったが、俺はあんまり頭が切れるほうにはならなかったようだ。

「大腸ガンはじめました。」

今思えば、死にます、助かりませんって状況の方が、ポップにネタ的に書きそうなやつだった。


すぐ行こう。すぐ行くが、なんか持って行けるものはないか。
見舞いの定番フルーツなんて、絶対食えんだろう。
ゲームばっかやってきて、斜めになった俺達の目に、ちょうどいい角度で映るものはないか。



ガバスだ、と思った。

我ながらアホだ、と思った。
でもガバスだ、と思った。





ファミ通編集部様

はじめまして。井澤聖一と申します。
ファミ通ファンになって、十数年になります。いつも楽しみに読ませていただいております。

この度、お願いがあってメールをお送りしました。

先日、昔からのゲーム仲間であり、ファミ通ファン仲間である友人が、大腸ガンになり、あと一週間もつかどうか、という状態だとの報せを受けました。


彼に、見舞いの品として、ガバスを贈りたいと思っています。

贈ったところで彼がガバスを使えるわけではありませんが、見舞いだ、と言ってガバスを持ってくる馬鹿なゲーム仲間がいたと、少しニヤリとしてくれれば、と思います。


本来ならば、ネタを考え、採用されるまで投稿し、到着を待つべきところですが、
なにぶん時間がありません。

なかなか採用されず何度も投稿される方もおられるでしょうし、自分にもその経験があります。
ガバスの価値を軽く考えるつもりはありませんが、だからこそ、ファンとして思い入れのあるものでもあり、それ故に友人に贈りたいと思った次第です。

無理なお願いではありますが、どうか、ガバスを送ってはいただけないでしょうか。
よろしくお願いします。




駄目元ではあるが、できるだけ駄目にならんように、頼むぜ、祈るようにメールを送って、
返事など待ってる暇はあるまい、とにかく病院へ。




病室には、ニヤリ、どころではない、表情ひとつ動かせない、彼の姿があった。

ベースや、ゲームや、ジグソーパズルや、
彼がまだ動けたであろう、話ができたであろう時からの、ここで過ごした時間の跡。皆が見舞いに来た跡。
その日そこにいた友達やバンド仲間も、もう何度も来ている様子だった。

顔のぞいてあげてください、と言われる。
身体を動かすことができないので、普通に立っていては向こうからは見えないのだ。

それでも、骨みたいになったその顔をのぞけば、反応がある。
誰かが話しかければ、不明瞭だが、「あい」とか、ありがとう、と言っているのだろう、「あーおー」みたいな言葉がある。
それだって楽に発してるんじゃないだろうに、最初病室に入った時、彼は「よくきてくれたね」みたいなことを言った。どうにか絞り出したような声だった。

目は見えてる。意識はある。

見舞いの品だぜ、なんつってガバス持ってくるやつがいたら、どうだ。




ファミ通の反応は早かった。


「お問い合わせ頂きましたメタリックガバス(そういえば正式にはそういう名前だった)につきましては、
本来ならば、投稿コーナーの賞品としてのみお送りするものではございますが、
ご事情を鑑み、
今回のみ特例として、お送り致しました。」

たしかメールを送った、翌日の昼だったと思う。
ご事情、鑑みまくりである。
届くのは早くても明日か明後日になるだろう。

夕方、仕事終わり、とりあえず今日も会いに行こう。
と、病院へ向かう途中で、電話が鳴った。

もう1人のゲーム仲間からだ。

なんだか頭が先から冷えていく感じがした。



「お前、あいつの見舞い、行ったか?」


「昨日行ってきました。今日もこれから行こうと思ってたんですが。」


「そうか。お前、よう間に合ったな。
今日の朝、だったらしいわ。」


「そうですか。
ファミ通がね、編集部が、ガバス送ってくれるんですよ。間に合わんかったなあ。」




−−−−−−−−




ポストに届いたエンターブレインからの封筒。
ガバスと、最新号のファミ通が入っていた。
ページをめくる。数年ぶりのファミ通。
(いつも楽しみに読ませていただいております、とは言ったものの、ここ数年ゲームから遠ざかっておって、ファミ通もしばらく読んでおらなんだ。ごめんよ。)
よくある、光沢のあるペラペラの紙の雑誌の、紙のなのかインクのなのか、特有の匂い。
ファミ通の匂いだ、と思った。
ananだろうと、プレイボーイだろうと、女性自身だろうと、たぶん同じ匂いがするだろうけど、
自分にとってそれは、ファミ通の匂いだった。

そして、その匂いの中に、少年時代に夢中になって読みまくった、あの頃のファミ通と全く変わらない、
紙面にぎっちぎちに詰め込まれた、ゲームへの愛と情熱があった。

ページをめくりながら、ちくしょう、涙で記事が読めんぜ、てのはいささか大げさだけども、
それはまさしく、俺や、彼や、同じ世代の皆が、毎週毎週夢を見た、新たな情報に心躍らせた、
俺たちの大好きなあのファミ通だったのであって、俺、まあ、そらそうか、ずいぶん泣いたのであった。



思い返せば、物心ついたころから家にあったファミコン。
友達の家にあったPCエンジンやらメガドライブ。
スーパーファミコンは完全に一家に一台。マリオ、FF、ドラクエ。ゲームボーイでsaga。ONIシリーズ。かぎてっこう。電池切れ寸前の、セーブまでのねばり。
スト2からの格ゲーブーム。捨てきれぬネオジオへちょっと憧れる気持ち。やりたくて仕方ない真サムライスピリッツ。おめえの出番だ、ゴハン!カカロッカカロッカカロッカカロッ……
アスキーツクールシリーズ。まおうさたんのえにっき。
ゲーセンの流行。バーチャファイター。鉄拳。太ったベガ。乱立する3D格ゲー。にとうしんでん。
次世代ハード争い。
プレステ派?サターン派?
せっかくだから俺はこの赤の、バーチャルボーイを選ぶぜ!
嘘。買っておらぬ。すまん。
サターンを選ぶも、FFへの募る思い。
長いロード時間。挿さらぬ拡張カードリッジ。バーチャ2の異常なメモリ容量。デイトナUSA。レイジレーサー。ってのが小学生の頃。
ついに購入するプレステ。パチ物のメモリーカード。
2枚組RPGでのディスク交換失敗。
トバルNO.1で、ちっこいノークに隠しきれぬショック。
サターン次第に劣勢に。開き直ったようにパンチ効いたゲームを連発。

プレステ2発売日、朝も早よから長蛇の列。
何がおもろいかいまいちわからぬ、花火のゲームを皆こぞって購入、
が、たしか中3の頃。
ゲームボーイはいつの間にやらカラーに、アドバンスに。
ドリームキャスト。ソニック酔い。シェンムーはどないなったのか。湯川専務。セガガガ。セガの崖っぷち戦術の熱さに内心で熱狂。
(64やゲームキューブの話がないのは、友達が少なかっためである。)
ゲーセンではバーチャ3。KOFはオロチ編へ。
FFはどんどんリアルに。次回作はX-2と聞いたのが高3か高校出たぐらいの頃。なんとなくストZERO2を思い出したあたりで、
バンドで忙しくなり、しばらく遠ざかることになるのだけども、そうやって、俺、ゲームで育ったのだった。

CDが売れない時代だという。音楽業界は厳しいという。
やらないなりにも、ゲーム業界も厳しいという話を聞く。
ゲームの売上本数は昔の10分の1ぐらいだという。
FFやドラクエの新作がニュースにならない。
スマートフォンでゲームができる時代。
手間のかかる娯楽はどんどん廃れていく。
本屋に行けば、ゲーム雑誌コーナーが端の端になっている。
マル勝とか、ザ・プレとかはとっくに廃刊とか休刊だという。


そして時は流れ、28歳、夏。


コンビニからファミ通が消えた。


棚にはanan、曰く「感じ合う悦び。愛とSEX。」

誰がどういうつもりで読みますのか。
ようわからぬけれども、それよりもファミ通の需要は、なくなってしまった。


思えば、少年時代、次々登場するゲームにわくわくしてたのは、
今までにない新しいものへのわくわくだった。
テレビゲーム自体が、もう古いものになってしまったのか。
より新しいものが登場するなら、今の少年はそれにわくわくすべきだろう。
かなり歳のいった大人が昔聴いたレコードを愛好するような、そういう感覚のものになっていくのかもしれない。
だけども、忘れ去られてしまうには、そこにはまだあまりに夢が詰まりすぎている。

ずいぶん探して買ったファミ通最新号。
ゲーム業界は今も新たなわくわくを仕掛け続けていた。
セガはアニメやトレーディングカードとの大規模なクロスメディア展開で新たなプロジェクトを始動させている。
中国でも家庭用ゲーム機が解禁される。
FFはいつの間にやらXⅣが出ている。

そこに、昔より少ないながら、まだまだ沢山のファンが夢を見ている。ゲーム世代の大人ばかりでなく、昔の俺のようなキッズがいれば嬉しい。
ゲームばっかやってると馬鹿になる?
まあその通りっちゃその通りだ。
だが安心したまえ。君たちは少し照れ屋で、斜に構えてて、実は素直で、なかなかナイスな大人になる。

そして、同じように、照れ屋で斜に構えてて素直な、なかなかいいやつと友達になれるよ。



近頃の俺はといえば、相変わらず全然ゲームをやる時間がなくて、
恥ずかしながら毎週ファミ通を買う余裕もない生活だけれども、

またたぶん夏の終わりにはファミ通を買いたくなるから、
そん時はできれば、当たり前のようにコンビニで買いたい。

だから、売れろ、ファミ通。盛り上がれ、ゲーム業界。

ならびに、時間とお金があれば、拙者もできれば好きなゲームの続編や、気になる新しいゲームをやり倒したいのであって、

や、もちろんゲームをやるために、ではないけれども、単純に皆に聴いてほしい良いものを作ってますのやけども、

みなさんにひとつ、ファミ通と、我々モケーレムベンベをよろしくお願いしまして、
これにて、今回の結びとしたいと思います。

長々とお付き合いありがとう。
13日にFireloopでレコ発企画をやるので、ぜひお越しを。
ゲームばっかやって育った大人が、かっこよくなるってとこを見せるよ。よろしく