[コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2013/08)


おつけもの新時代の幕開けである。


美味いものの歴史は、先人達の果てしなき試行錯誤の歴史であるからして、つまりは不味いものの歴史でもある。
現代まで残った、いわゆる定番レシピのかげには、その何倍もの失敗作があったということは想像に難くない。

失敗を恐れず、新たなものを生み出そうとする先人達の心意気を次の世代に伝えるべく、
エバラ食品浅漬けの素に挑んだ前回。
結果は惨敗であったものの、拙者のピュアなハートの一端は感じていただけたことかと思う。

しかし、このまま引き下がるわけにはいくまい。
「負けた、だが思い切り挑んだ。
良し、悔いなし。」
よかろう。それも心意気であろう。
だが、我々が受け継いできたレシピに、敗北の二文字が記されているだろうか。
「このような料理を作りたかったが、失敗でした。」
そんなレシピを見たことがあるかね?
記されているのはいつも、数知れぬ敗北の末にやっとの思いで掴んだであろう、一皿の勝利である。



見ておれエバラ食品よ。
たった一度の敗北でへこたれる拙者ではない。
今にきっと、おつけもの新時代の幕、この手で開けてくれようぞ。

なんつって、

まー、ひらたく言いますと浅漬けの素に少しはまってしまった俺、
何か食材が思い当たる度に、「○○ 浅漬け」でGoogle検索などしておったわけですけども、

たまにね、エバラ食品のホームページに行き着くのですね。
浅漬けの素を使ったレシピ紹介コーナーみたいのがあって。
そこがえらい充実しとるもんだから、どれどれ一体きゃつらは何を漬けておるのか、と、ちょっと覗いてみたわけです。

そうするとそこには、
アスパラ、ゴーヤ、金時人参などなど、おおふむふむそんなものをなるほどうまそうね、なんてのに混じって、
豆腐、かまぼこ、チーズ、ってこれ目を疑ったのやけども、
前回塩辛いばかりで失敗に終わった食材達が紹介されとんの。

うそつけ不味かったぞ、どないなっとりまんねや、なになに、豆腐を切って、竹串を刺します? なるほど食べやすくバータイプにすんのね、そんで、ポリエチレンの袋に入れて浅漬けの素を注ぎ……


…………



そして、

その先の一言が、すべてを物語っていた。


「冷蔵庫に入れて、5分待ちます。」





そうか。


エバラ食品よ、

きみも、フロンティアの住人だったのか。




30分では塩辛かった。

20分ではどうか? まだ塩辛かったであろう。
10分ではどうか? まだ少し塩辛かったであろう。


思いきって3分ではどうか? やや物足りなかったであろう。


「冷蔵庫に入れて、5分待ちます。」



そこにあったのは、試行錯誤であった。
そこにあったのは、心意気であった。
そして、一皿の勝利であった。



すまないエバラ食品よ。
拙者は重大な間違いを犯しておった。
浅漬けを漬けるにあたって、きみは敵ではなかった。
唯一の、そう、唯一の相棒のはずではないか。

虫のいい話ではあろう。
しかし願わくば拙者に、もう一度だけ、力を貸してくれないか。
そして、先人達の心意気を次の世代へ。


おつけもの新時代の幕明けである。




てなわけで、随分前置きが長くなりましたけれども、
前回と同じものを、時間を調節して漬けてみましたのでご紹介しますね。
さらに今回は昆布だしタイプの浅漬けの素を使用し、よりまろやかな仕上がりに。
それでは、よろしくどうぞ。



まずは、木綿豆腐。


前回よりも厚めの短冊状にし、漬け時間は5分。
なるほど、表面に薄く塩が染み、水分の抜けるせいか、気持ちしっかりした豆腐の味。
厚さと漬け時間のバランスが重要なのであろう。
まだまだ微調整が必要だが、なんにせよ前回よりは遥かに美味であった。60点ぐらいの出来と言えよう。


続いて、チーズ


漬け時間は20分。
エバラではモッツァレラチーズを使用していたが、普通のチーズでもまあ不味くはなかった。
前回よりも塩気が少なく、その分チーズの味が生きておる。55点ぐらい。



続いては、がまぼこ。

漬け時間は同じく20分。

これ、なかなか美味である。爽やかな塩加減に、ほのかなだしの風味。
アクセントにわさびなどつけていただいてもよかろう。75点。



そして、ゆで卵。

漬け時間は25分。


これはちょっと失敗であった。
さすがに大きすぎて中まで味が染みず、染みさせようと思えば塩辛すぎになる。
エバラのホームページにはうずらの卵が紹介されておるが、そちらの方はうまいかもしれん。30点。



いや、よいよい。出来の良し悪しのばらけた中ならば失敗もよい。これこそ試行錯誤であろう。
前回のように全部が一律20点ではない。そこには可能性がある。希望がある。




さあ、そして、

ついにこの時である。


前回の惨敗から1ヶ月。

今回の拙者は一人ではない。相棒、エバラ浅漬けの素と共にある。

漬けるは、しば漬け。
時間は、15分。

君にもし翼がひとつしかなくても。
僕にもし翼がひとつしか残ってなくても。

なんて、浜崎あゆみの歌の一節にもあるではないか。

二人ならどこまでだって行けるさ、今こそ飛ぼうぜ相棒。
そして、遥かなるおつけものフロンティアへ。


なんて、勇んで漬けてみたはいいものの、

これ、前回よりも気持ちマイルドな、
ただの塩辛いしば漬けであった。


だが、諸君、案ずるなかれ。
今の我々には漬け時間の調節という武器がある。

塩辛ければ、漬け時間を減らせばよいのである。



10分。


やはりまだ塩辛かった。



5分。

やや塩が薄まり、気持ち紫蘇の風味が立ってきた。


3分。

塩気はあまり気にならず、さらに風味も立ち、味のブレがなくなってきた。

いよいよあと一息、
おつけもの新時代は、もうすぐそこまで来ている。
到来を待つ? 冗談だろ?
飛び込もうぜ、俺達の翼で。

いざ進めやキッチン、
目指すは、ブランニューワールド、いや、それはすなわち、ブランニューな、マイセルフなのか。


飛んだ。俺達は飛んだ。
思い切り、大空をかけた。


そして、その時は来た。


こ、これだ!

塩気も、香りも、酸味も、歯ごたえも、色合いにいたるまで!

完璧、すべてが完璧だ!!

これこそまさしく、試行錯誤の末にたどり着いた、一皿の勝利。


果たしてその漬け時間は?







漬け時間、ゼロ。



そのままの、いつもの、しば漬け、であった。











おつけもの新時代、幕、開けずして、寺田町は午後11時。


タッパーに残った浅漬け達と、胸に残ったしょっぱい想い。
まとめて胃袋に流し込まんとしてコンビニまで安酒を買いに出れば、

またもスナックから漏れ聞こえるおっさんの歌声。


通りですれ違う風呂屋帰りのじいさん。

道の端にはやけに太った野良猫。


夜勤のコンビニ店員の、見た目とは裏腹にしっかりした接客。




あー、そうか。そらそうか。


この手で新時代を、なんて気張らずとも、
皆、それぞれに、それぞれのフロンティアを生きておるのか。



「ザッツオーライ、ザッツオーライ。」



気づけばまた、頬に塩が利いていた。


俺には、おっさんのみならず、じいさんも、野良猫も、コンビニの兄ちゃんも、

気のせいかね、

皆、ザッツオーライ、ザッツオーライと歌っているように見えたよ。なんてなことを申しまして、

このあたりで、二回に渡りお送りした、拙者のおつけもの新時代への旅、
ひとまずの幕とさせていただこうと思います。
長々とお付き合いありがとう。
ほんとに長かった。ごめんよ。次回はもーちょいまとめるよ。




一見しなびてくたびれている。
それでも噛めば、ポリポリと歯に応える。しっかりと締まった味がある。


目尻産の塩に漬かった夜は、安酒のつまみに丁度良い。

今宵、それぞれのフロンティアを生きるすべての人へ、


乾杯。