[コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2015/01)


えー、年末年始の懐事情とかけまして、
本場インドのカレーと解く。

その心は、

こうしんりょうが効いております。

てなことを申しまして、ええ、新年ですな。おめでとうございます。

えー、飲食業界が年明け早々から大変な騒ぎでごさいまして、
やれビニール片が入ってた、やれプラスチック片が入ってた、
挙句、人の歯が入ってたなんて話ですから、えらいことでございます。

こうなると皆さんどんどん神経質になってくるようで、こないだなんぞは、
おい、なんだいこいつぁ、粥に草が入ってんじゃねえか、しかもなんだ、ひいふうみい… 7つも入ってやがる、責任者出てこい!
なんて、ええ、まったく大変な騒ぎでございますな。

え、カレーの本場はインドと申しましたが、
2つ隣の国タイにもグリーンカレーなんていう独特のカレーがございまして、これがなんともクセがクセになる、やみつきメニューなのでございます。

昔々、とある武将が長崎からタイへと渡ります。ええ、朱印船の時代ですな。
それで日本に帰って来てからというもの、現地で食べた料理、あの独特の味が忘れられず、夜も眠れんおっしゃいましたので、
家来たちも手を尽くしまして、どうやら香草や香辛料とヤシの実を使うらしいということで、なんとか入手するのですが、さあ、そこからが誰にもわかりません。
それで、どうやら待ちきれなくなったんでしょうな。しばらくしますと城下に立て札が立ちます。

そこには、どうしても現地の味が恋しく、夜も眠れん。
それらしいものを作れたものには金一両、見事現地の味を完全に再現できたものには褒美として金百両をとらせる。
ということが書いてありましたので、町人たちは皆、我こそはと集まるのでありますが、
なんせ情報の少ない時代でございます。
皆それぞれ想像を巡らし思い思いのグリーンカレーを作って参りましたので、
さて、食べ物に混入しますのは、人の歯ばかりではないようでございます。


「さあ、今日ぐりーんかれーを作って参ったのは其の方らであるな。うむ、良い香りがしておる、早速持って参れ。」

「はっ。では先ずわたくしが。」


「うむ、それらしい見た目じゃな。具材は、む、なにやらぐにぐにとしたものが入っておるが。」

「はっ。わたくし、城下でこんにゃく屋をやっておりまして、
いったいどんな具材を入れたものか見当もつきませんでしたが、
食べたくて夜も眠れんと言うことですから、これはうちの自慢のこんにゃくを入れれば間違いなかろうと思いました次第で。」

「ずいぶんな自信であるな。
しかし、ぐりーんかれーにこんにゃくとは一体どんな味になるものか……

うむ。これはなかなか。見慣れたこんにゃくが、現地の見知らぬ食材のような風情になって、面白い。
うむ、ご苦労であった。褒美に一両をとらせる。」

「はっ。有難う御座います。」


「次の者、持って参れ。」

「はい、ではあたくしが。」


「うむ、それらしい見た目じゃな。具材は、む、なにやらぐにぐにとしたものが入っておるが。」

「はい、あたくし、城下で魚屋をやっておりまして、
なんでも聞いた話によりますとぐりーんかれーには、なんぷらーという、魚を塩漬けにして発酵させた調味料を使うそうでございます。
そこであたくしは、魚介を塩漬けにして発酵させたものということで、
これはうちの自慢のイカの塩辛しかあるまいと思った次第で。」

「ううむ、イカまでは良いが、塩辛とな。」

「はい。じゃぱにーず・なんぷらーでございます。」

「妙なことを申すな。まあ良い、食ってみるか……

うむ。塩辛のうまみがかれーに溶け込み、なるほどそれらしい味になっておる。
具材としてはいささか塩が効きすぎるが、悪くない。ご苦労であった。一両をとらせる。」

「はい、有難う御座います。」


「次の者、持って参れ。」

「へい、それではあっしが。」


「うむ、それらしい見た目じゃな。具材は、む、なにやらぐにぐにとしたものが入っておるが……流行っておるのか?」

「へい、あっしは城下で魚屋をやっておりまして、」

「なんじゃ其の方も魚屋か。」

「へい、向こうの魚屋には負けられねえってんで作って参りました。」

「魚屋ということは、この具材はたこか何かか。」

「へい、たこわさでございます。」

「ううむ、たこまでは良いが、たこわさとな。」

「へい、なんでもぐりーんかれーには様々な香草を使うってえことでございますから、これはうちの自慢のたこわさしかあるまいと思った次第で。じゃぱにーず・はーぶでございます。」

「……その言い回しも流行っておるのか?
まあ良い。食ってみるか……

うむ、これは意外とわさびの爽やかな風味が合っておるな。なるほどじゃぱにーず・はーぶとは良く言ったものだ。
塩辛に比べれば塩加減もちょうど良い。ご苦労であった。一両をとらせる。」

「へい、有難う御座います。」


「次の者、持って参れ。」

「はっ、では私が。」

「まさか其の方も魚屋ではあるまいな。」

「いえ、香辛料などを扱っております。」

「香辛料屋か。うむ、なにやらかれーが妙な色をしておるが、濁った緑のような黄のような…」

「はっ。我々この料理をぐりーんかれー、ぐりーんかれーと呼んでおりますが、
なんでも現地では、げーんという名前だそうで。印度のかれーとは全く別の料理だそうでございます。
ところがこれがかれーと似ているというので、他の国ではぐりーんかれーと呼ばれておりますので、
それならばと現地でも、外国人向けに、本当はかれーでないにも関わらず、ぐりーんかれーと呼んでいるということでして。」

「なんじゃ、其の方、妙に詳しく知っておるな。」

「はっ。うぃきぺでぃあで調べまして。」
「わけのわからぬことを申すでない。」

「それで、本当は違うにも関わらず、仕方なしにかれーと呼んでやっている、という感じが癪でありましたので、
いっそのことそこにかれー粉を入れまして、これが正真正銘のぐりーんかれーでございます。」

「それは其の方の気持ちの問題であろう。
まあ良い、食ってみるか……

ううむ、これはどうもいまひとつであるな。味が印度とタイの間で迷子になっておる。」

「ばんぐらでしゅ辺りでございますな。」

「わけのわからぬことを申すでない。
まあ良かろう。せっかく作ってきたのじゃ。一両をとらせる。持って行くがよい。」

「はっ。有難う御座います。」



「次の者、持って参れ。」

「はい、ではわたくしが。」


「うむ、其の方は何屋じゃ?」

「はい、ハンバーガー屋にございます。」


「………なんと申した?」


「はい、ハンバーガー屋にございます。」


「……其の方のかれーは、これか。
ううむ、ハンバーガーが、入っておるな…。」

「はい。逆に、ビッグマックセットが混入しております。まずはポテトからお召し上がりいただければと。」

「逆にとはなんじゃ逆にとは。ブラックなことを申すでない。
まあ良い、食ってみるか……

ううむ、要は、パンと、肉と、チーズであるからな。
ぐりーんかれーに入って不味くなるわけはないな。いささか癪ではあるが。」

「ご一緒にナゲットと、食後にサンデーもございますので。」

「ブラックなことを申すでない。
まあよかろう、せっかくじゃ。一両をとらせる。」

「ありがとうございました、またお越しくださいませ。」

「来たのは其の方であろう。」



「次の者。其の方で最後か。
ううむ、ずいぶんとボロボロの着物を着ておるな。」

「はい、情けない話でございます。
なんでも夜も眠れぬほどぐりーんかれーを欲しておられるとお聞きしましたので、
いてもたってもいられず、お作りしてお持ちしなければと思ったのですが、
見ての通り貧乏をしております。
お作りしてはみたものの、一つの具材も入れることができませんで。
このようなかれーでございますから、とても褒美を頂くわけには参りません。
私はこれにて失礼をいたします。」

「待て待て、そこまで貧乏をしておるにも関わらず、わしが夜も眠れぬと聞き、わざわざ作って来てくれたと申すか。
うむ、感動したぞ。わしは幸せ者じゃ。ありがたく戴こう。まあ座るがよい。」

「はっ、しかし、何も入っていないつまらぬかれーでございますから、」

「そんなことは良いのじゃ。どれ……

ふむふむ。其の方、このかれーには何の具材も入っていないと申したな。」

「はっ、左様でございます。」

「うむ、ではクレームじゃ。このぐりーんかれー、異物が混入しておる。」

「は、ははー!と、とんだご無礼を!」

「よいか、何の具材も入っておらぬはずのこのぐりーんかれー、其の方のこころが混入しておる。
この異物混入、見逃がすわけにはいかん。」

「こ、こころでございますか…」

「そう、こころじゃ。
ここに百両の金があるがな、それは見事現地の味を完全に再現して見せた者に褒美としてとらせるつもりだった金じゃ。
しかし、残念ながら再現できた者はおらぬ。つまり、その金は無用の物となってしまったのじゃ。
百両の金ともなればこれは結構な荷物であるから、わざわざ片付けるのも面倒じゃ。
そこで其の方に異物混入の罰として、この無用な荷物、持ち帰ることを命ずる。」

「はっ、し、しかし、私がお持ちしたのはこのようなつまらぬかれーでございますから、とても褒美をいただくわけには…」

「褒美ではない、クレームだと申しておる。
罰として持ち帰ることを命じておるのであるから、これを断ることまかりならん。」

「は、ははー!なんと有難きお言葉!
こ、これで、ようやく店の再建の目処がたちます!」

「なんじゃ、其の方も店をやっておったのか。
しかし、再建とな。其の方のような誠実な者の店が傾くとは、どうにも信じられん。一体何があったのじゃ?」

「は、それはその、なんと言いますか……」

「どうした、申してみよ。」

「その、私共の売っておりました焼きそばに………」

「ほう、其の方、焼きそば屋か。
其の方のことじゃ。その焼きそばにも、こころが入っておったのであろう。」

「こころ、までは良かったのでございますが、いささか勢いが余りまして…」

「勢いがあまって?」

「はい、こころーちが、入っておりました。」


と言ったところでお時間でございます。
本年もモケーレムベンベを、なにとぞよろしくお願い申し上げます。