[コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2017/04)


夢を売る仕事は3つある。

ロックスター、ホスト、そして業務スーパーである。

とりわけ、業務スーパーはグレートだ。


ゆうに100食は作れるであろうカレー粉の大缶。
1パック1.36kgのクリームチーズ。
4kg入りのスパゲティ。
もしも君が望むなら、大鍋にあふれんばかりのねじりこんにゃくを入手することだって容易い。

だが、忘れるなかれ。
お金で買える夢には、いつだって罠が潜んでいるものなのである。




にぼし。

私は、にぼしにハマっていた。
出汁をとるのではない。佃煮にしたり、炒めたりして食べるのだ。

にぼしの栄養価はスゴイ。

高タンパク低カロリー。豊富な鉄分にカルシウム。
頭が良くなると噂のDHA。
中性脂肪を減らすと噂のEPA。

そして、にぼしはうまい。

健康のために頑張って食べるもの、というイメージがあるかもしれないが、いやいや、あなどるなかれ。
ちゃんと料理したにぼしは非常にうまい。
もし君が粒の花椒を入手できたなら、
フライパンに多めのごま油と花椒とにぼしを入れ、弱火でカリカリになるまで揚げ焼きにし、塩をふって食べてみるがよい。
そのミラクルロマンステイストに、思わずハートが万華鏡と化すであろう。

私は月の光に導かれ、毎日にぼしを食べまくった。
スーパーに立ち寄れば真っ先に出汁コーナーへと向かい、
見慣れないパッケージのにぼしがあれば迷わず購入した。

しかし、買えども買えども、瞬く間になくなるにぼし。
それもそのはず、一袋はせいぜい150gほどである。
主食さながらの勢いで食べる私には、全くたよりない。
にぼしを。もっとにぼしを。
何にハマっても、それしか考えられなくなるのが私の悪い癖だ。
半ば中毒のようになり、新たなにぼしを求めて街をさまよう日々。

気づけば私は、業務スーパーの自動ドアをくぐっていた。

奥の棚に並んでいたのは、2種類。

業務スーパーブランドのにぼし。内容量600gほど。見慣れたいつものにぼしの大容量版。

そして、はごろもフーズのにぼし。
その内容量、なんと1kg。
さらに特筆すべきはその一匹一匹のサイズである。
ちょっとしたうるめいわしみたいなやつらが、袋の中にギチギチに詰められている。

にぼし型の夢を買いに来た私にとって、これはもはや2択ではなかった。





ドアを開け、靴を脱ぎ、カバンをおろし、手を洗い、

帰宅から30秒後には、もうフライパンにごま油を注いでいた。

いつもの花椒とごま油のカリカリにぼしである。
冷凍していたごはんもすでにレンジの中。
花椒の状態が頃合いと見るや、いよいよ巨大にぼしたちを投入する。

すると、なんこれ、omg!

多めに注いだはずのごま油は瞬く間に吸い取られ、カラカラになったフライパンで花椒が焦げ始めたではないか!
これはいかん、とさらにごま油を注ぐも、際限なく吸い取り続ける巨大にぼしたち。
さながら海のシャムワウ。その驚きの吸収力。
なんとか形になったかなと思った頃には、瓶3分の1ほどのごま油を消費していた。

ともあれ完成。レンジのごはんもとうに温まっている。


デレッ、デレデレデレッ

デレッ、デレデレデレッ

皿に盛られた巨大な夢を前にして思わず脳内で再生される、かの曲のイントロ。

あのいつものカリカリの食感、ごま油の香り、花椒のしびれる辛味。それをこのサイズ感で。
一体どこまでご飯がすすんでしまうのか。
もはや恐ろしさすら感じながら食卓へ。
いよいよ実食、いざ刻まんムーンライト伝説。いただきます!

と、口に運んだのであるが、




…………



ぐにっ、


…………


ぐにぐにぐにっ。




…………






夢を売る仕事は3つある。

ロックスター、ホスト、そして業務スーパーである。

とりわけ、業務スーパーはグレートだ。


だが注意点がひとつ。
きみにとって、大きすぎる夢は、買ってはならない。

ロックスターに憧れ、人生を棒にふるキッズしかり。
ホストにハマり、破産する女性しかり。
そして、業務スーパーでテンションに任せ、扱いきれない食材を買い込む私もしかり。


巨大すぎるにぼしは、ごま油を吸いまくってギトギトでありながら、なおも芯はまだ若干乾いており、
なんとも言えないぐにぐに食感。ようやく噛み切れたかと思ったら、中には結構なサイズの骨。そしてエラ。
これが盲点であったのだが、乾燥した魚のエラはこれまさに凶器。食べるマキビシ。

ぐにぐに、ぐさぐさ、
ぐにぐに、ぐさぐさ。


こいつあキツイ。キツイが、しかし、残すわけにはいかぬ。
水揚げされ、煮られ、干され、油で炒められ、挙句捨てられるとあっては原料のイワシも浮かばれまい。
一度いただきますといったからには、いただききるのが礼儀である。
もはや食事というより、修行のようなテンション。
通常の3倍ほどの時間をかけてなんとか完食。

ふいー、と、ようやく一息ついてふと見れば、
キッチンに置かれた袋の中、
あとゆうに950gは残っているであろう、かつての夢があった。

終わってしまった夢は、筋力では持ち上げられない。
1kgにも満たないその物体を、棚に片付けることもできず、
私はしばらくの間、ただただ眺めていた。

絶望の日々のはじまりであった。



と、さて、このあたりでお時間であります。
袋に大量に残った巨大にぼし。
骨とエラによりキズだらけの口の中。
心に直接のしかかる950gの乾物に水分を奪われ、カラカラに乾いた暮らしの中に私は何を見るのか。

次回、「巨大にぼしでクッキング編」をお楽しみに。
しからば。アデュー。