[コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2013/11)


役者になるつもりで上京したはずが、気付いたらヤクザになってた。なんて、
まったく笑えない冗談だぜ。

なにをやっても半端者の俺は、ヤクザになってもやっぱり半端だった。



あ、今回は、『MOTHER、だしをとったら』というお話ですので、よろしくどうぞ。



何度も辞めようと思ったが、うちの組の掟、抜けるなら1000万。
最近はヤクザもいろいろ切羽詰まっているらしく、
指詰めろとかじゃないのね、なんともリアルな掟だけれども、
まあ金額は俺にとっては全くリアルじゃないわけで。

かくして某、汽車の中。

思えば、18の春、田舎の町から逃げるように出てきた東京。
それから7年間、あの街で俺は逃げ続けてきた。
東京に出れば何かが変わるんじゃない。
何かが変わったやつが東京に出るんだ。
そう気付いた時には、俺、ワンクリック詐欺のエロサイトの編集などをしておったのであって。

そうして今、東京からも逃げ出し、組の追っ手からも逃げ、

どこに行くというのかしらん、俺。
あゝ日本の何処かに私を待ってる人が、おるまいて、おるまいてなあ。




不思議なもんですよ。都合のいいもんですね。
なぜだか、気付けば、18で飛び出し、二度と戻らんと思っていた、
ふるさとの町に俺はいた。

7年。まるで時間が止まっていたみたいな、変わらない景色がそこにあった。
歩くのはいつもの道、曲がるのはいつもの角、通り抜けるのはいつもの路地。
足が勝手に動いていた。

このままあの頃の景色の中を歩いていれば、自分もあの頃に戻れるとでも思っているかのように。

そして、まあ、ここにたどり着きますか。たどり着きますよね。
7年ぶりの実家。そのドアの前で、立ち尽くす俺。
今更どの面さげて帰れるかね、って、いや、なんか来てはしまったけども、
7年で俺、随分悪い面になった。腐った目になった。
おまけに組のやつらに追われている身だ。抜けるなら1000万とか言ってる手前、逃げられると示しがつかんっていうんで、けっこう本気で探すらしい。

女手ひとつでここまで育ててくれたおかんに、合わせる顔なんて、あるかね?
そんなもん東京に出て1年と持たずに使い切ってしまったよ。


帰ろう。いや、帰れんか。
どっか違うとこに逃げよう。
そう思って、後ろを振り返ると、そこにはちょうど夕食の材料を買ってきた帰りらしい、おかんがいた。

「おかえり。ごはんまだやろ、食べていき。」
おかんはそれだけ言うと、さっさと台所に入ってしまった。





実家の中も、あの頃と何も変わっていなかった。
畳にこたつの狭い居間も、そこから見える台所も、そこに立つおかんの後ろ姿、は、少しだけ小さくなった気がしたけれど、
聞こえてくる音も、漂ってくる匂いも、寸分違わずあの頃のままだ。
そういや昔から、だしにはちょっとこだわってるんだよって言ってたっけな。
あの、いつもの、だしをとる匂い、
もうすぐ晩ご飯、の、あの匂いだ。





夕食は、俺の昔からの好物ばかりだった。
自分でも忘れていた、あ、そうそうそういやこれ好きだった。みたいなものもいくつかあって、
そのどれもが、あの頃とまったく同じ味がした。

ああ、俺だけが変わってしまったんだなあ。今の俺がおかんに何を話せるだろうか。
お互い無言のまま、夕食がおわった。
食べ終えて、ひと息つくと、
やっとおかんが口を開いた。

「お金のことは、もう、大丈夫やからね。」



お金のこと?
まさか、


「さっきあんたのお仲間や言う人達が来てね。
お金がいるんやろ?
最初は、今はやりの、なんとか詐欺みたいなん、ああいうのやと思ったよ。
今は電話だけやなくて、家までくる人もいるんかってね、
でも、お仲間さんの持ってる写真みたら、すぐにあんたやってわかったわ。
話聞いたら、ああ、あんたらしいわ思ってね。」


「お父さんがね、お金、残してくれてはったから。
自分ではちっともお金使わん人やったからね。
だから、お金のことは、もう大丈夫やからね。」



涙が、とまらんかった。
おかん、ごめん、ごめんなあ。
俺、役者になるとか言うて東京行ってさ、
むこうで何も頑張らんかった。逃げて逃げて、ごまかしてごまかして、
したら、気づいたら悪い人になっとった。悪いこといっぱいやったよ。なんとか詐欺みたいなん、って、俺、やっとったし、変なサイト作って、引っかかった人脅したり、
若い女の子だまして、とか、それでおっちゃんだましてとか、それから…


「悪い人の役は、じょうずにやらなあかんね。」






「久しぶりに顔見たら、何も変わっとらん、あの頃のまんまやわ。
あんた、ほんとは、役者の夢、あきらめとらんのやろ。がんばっておいで。」




言葉がなかった。
止まらん涙と一緒に、膿まで流れたような、
7年で腐った目が、洗われて、18の頃に戻ったような気がした。




「ただし、今度はほんとうのほんとうにがんばってきなさい。
もしまた同じことになって帰ってきたら、
その時はあんたとはもう、

OTHER、他人だよ。」





かくして某、汽車の中。



東京へ出れば何かが変わるんじゃない。
何かが変わったやつが東京へ出るんだ。


待っててくれよ、おかん。
ずっと逃げ続けてきた街へ、今俺は戦いに行く。
必ず、見失っちまった『M』を、いや、『未来』を、
この手に掴んで帰ってくる。
その時は、もう他人だなんて言わせないぜ、MOTHER。






だそうですので、ひとつよろしくお願いしますね。ええ。