[コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2016/05)


今、ふんどしが熱い。


真に理想的な下着とは、


や、すまぬ。嘘。
皆さすがに飽きたであろう。うふふ。

しかし、2ヶ月に渡ってふんどしについて書きまくったおかげで、思わぬ反響があり、
会う人会う人、今日はふんどしですか? と聞いてくるようになってしまった。

「ふんどし」という存在、その絶妙な立ち位置。
これがなにやらものすごく好奇心を刺激するようで、いろんな人から「見てみたいなー」などと言われたのだが、
その中には年頃の娘さんもずいぶんといたので、わしは非常にどぎまぎ致した。

きみたち、成人男性に、面と向かって、あなたの下着姿を見たい。と言うておるのだが、大丈夫かね?

さらに実はそのふんどしの下、わしの股間に「シャリをほぐす寿司職人」のタトゥーが入っておると判明したりした日にゃ、きみ。

気になる、というのはまったくおそろしいものである。



えー、ふんどしに限らず、昔からずっとあるものには、やはりそれなりの理由というか優れた点があるもので。

例えば山歩きには、現代的な登山靴よりも地下足袋の方が場合によっては快適だったりするという話も聞くし、
冬場に暖をとるのに、湯たんぽが実はこれ非常にエコだということで近年見直されつつあったりもする。

また、物に限らず、昔から歌い継がれている童謡などには、パッとは作れない普遍的な良さがあるし、
おとぎ話なんかも、いま考えてみればすごい発想のストーリーだと思う。
助けた鶴がはたおりて。亀に乗って竜宮城て。

さてさて、今回のコラム、2ヶ月連続のふんどしの後に一体何を書こうかなと迷っておったのだが、
ここはいっちょ、この、昔からの伝わる物語の良さっちゅうやつを、皆さんに紹介したいなと。
思えば、おとぎ話なんて学校で習うわけでなし、小さい頃になんとなく自然な流れで絵本など読んでもらって覚えたのだが、
今の子供たちって、どうなの?
みんな絵本とか読んでもらっとんの?

ことによると妖怪ウォッチなど観るばかりで、おとぎ話とか知らんのちゃうかしら。
いかん、このままではいかんぞ。
一寸法師とか。さるかに合戦とか。どやの、きみたち。
何それ、ジバニャン出てくんの? とかなったら、なんか超寂しいではないか。

よろしい、わしがお教えしよう。
途切れさすまじ、この伝統。
伝えてくぜマジ、おれ健闘。

いま大人の世代の皆さんは、何を今更と、もう聞くまでもないわ、と思われるでしょうが、こいつを避けては通るわけにはいくまい。
わが国に古来より伝わる最も有名な物語「桃太郎」

今回はこの場を借りて、この名作を未来へ伝えるべく、紹介させていただこうと思う。


それでは、いってみましょう。

「桃太郎」の、はじまりはじまり。

イヨーッ。ドンドンドン。






むかしむかしあるところに、おじいさんと、おじいさんがいました。




ちょっとぽっちゃり、からだの小さなおじいさんがジム。
きんにくムキムキ、からだの大きなおじいさんがクレッグ。


ふたりはそれはそれはなかよしで、いっせんを越えた関係でしたが、
ふたりの気のいいひとがらと、りかいある友人たちのおかげで、たのしい毎日をすごしていました。

ある日曜日のことです。

しごとがやすみのジムとクレッグが、河原でバーベキューをしていると、
川上のほうから、それはそれは大きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこ、と流れてくるではありませんか。

「おいおいクレッグ、ありゃなんの冗談だ!? おまえさんのケツよりでかいじゃないか!」
クレッグはほんのり頬をあからめました。

ふたりがかりで河原にひきあげ、目の前にした桃は、やはり、とんでもない大きさでした。

「おいクレッグ、おれたちは小人だったか?」
「ああ。そして、ミニチュアのバーベキューセットだ。買った覚えは?」
「残念ながら。」
「おれもさ。なんてこった。」

クレッグは、バーベキューにつかっていたナイフで、桃を割ってみました。
きんにくムキムキのクレッグでも、ひと苦労の大きさです。

「畜生、どうなってやがる、ばかげたサイズだぜ!
中に、人でも、入ってるんじゃないか??」

「中に人? そいつあとんだヒマ人だな。」

「ああ、ちがいねえ、おっ、やっと割れ……」





「どうしたクレッグ?」


桃の中をみたクレッグは、まるで信じられない、という顔をして、ぴくりともうごきません。

ジムは、大きなからだのかげから中をのぞきこむと、

「オーマイガッ……!」



桃のなかにはなんと、ちいさなちいさな、おんなのこの赤ん坊がいたのです。





「まったく、とんだヒマ人だぜ……。
だが、おれたちは、」

しばらくぼうぜんとしていたクレッグがようやく口をひらくと、

「ああ。ちょっとばかり、いそがしくなりそうだ。」

ジムがこたえました。







いそがしい日々はあっという間に過ぎました。

「スーパーマリオみたいだろ? なんたって、おれたちの姫さまだからな。」

「ああ、最高にクールだ。」

桃から生まれた赤ん坊は『ピーチ』と名づけられ、
ふたりのおじいさんに、たいせつにたいせつに育てられました。

どれだけ愛し合っても、ぜったいにかなわないはずの願い。
ふたりで暮らすことを選んだときから、子どもを授かることはあきらめていたはずでした。
そこに、とつぜんあらわれた赤ん坊。

ふたりは、この子は神様からのプレゼントだと思うことにしました。
なんといっても桃から生まれたのですから、ただの迷子や捨て子などのはずがありません。

しかし、ふたりは思わぬしあわせに浮かれながらも、一方でとても冷静でした。

ふたりは急にあらわれた赤ん坊の存在を、役所へ届け出ることはしませんでした。
桃から生まれたと言って信じてもらえるとは思えませんし、
捨て子をひろったと言えば、ふたりが育てることを認められる可能性は低いでしょう。
なんせ、おじいさんとおじいさんです。

そのためふたりは戸籍の上ではピーチの存在を隠し通し、
学校に通えない理由をうまくでっちあげた上で、ちゃんと友達ができるよう世間に対してもみごとにふるまい、
病気になったときのため裏の世界の医者ともつながりを持ち、
ときには母のように、ときには父のように、またときには教師の代わりとなり、
かわるがわるかんぺきに連携し、ピーチをすばらしい娘にそだてあげました。

ジムも、クレッグも、あるはずのないこの状況を、まるで、なんどもなんどもシミュレートしてきたかのようでした。



お年頃になったピーチは、もはやジムとクレッグだけでなく、街のみんなにとっての姫さまでした。

たいそう美しく、活発で人当たりもよく、そのなんともへんてこな家庭環境も、「パパって呼ぶとふたりとも返事をするのよ。困っちゃうわ。」
と、ネタにして場をなごませる、小粋ですてきな娘。
男たちがほっておくはずがありません。

ピーチは、それはそれはたくさんの男たちに必死で口説かれては、いつも、ひらりと、きれいにかわします。
そのさまがあまりにみごとなので、また男たちはピーチを追いかけずにはいられないのでした。

皆が、しあわせでした。
ジムも、クレッグも、ピーチを追いかける男たちも。
美しい姫さまを中心にして、街中が浮かれているようでした。


しかし、あるとき、悪いニュースが街をかけめぐります。




『オーガ』


彼はそう呼ばれていました。

街いちばんのギャングのボス。
ぜつだいな力をもち、ほかのギャングたちはおろか、警察も、役所も、政治家さえも彼のいいなり。
悪のかぎりをつくす彼をとめられる者は、街にはだれもいません。

「オーガが、どうやらピーチのことをねらっているらしい。」

夏が過ぎたばかりだというのに、街は凍りついたようでした。
ジムもクレッグも、年老いた顔を、さらにしわだらけにしました。


それからしばらくして、事件はおこります。

ある日、ジムとクレッグが仕事からかえると、家にピーチのすがたがありません。
活発な娘ですから、外出も少なくありませんが、どうも様子がへんでした。
ドアの鍵はあけっぱなし、ピーチの靴は玄関にそろっていて、
しかし部屋もリビングもずいぶんと荒れています。
そしてなにより、キッチンのオーブンの中には、
何時間かまえに焼き上がったであろう、ピーチ特製のクッキーが。


「なんてこった! ついにやりやがった!」

「ちくしょう! オーガの野郎、ただじゃおかねえ!」

ジムとクレッグは、いそいで家をとびだしました。

そう、ピーチは、家でクッキーを焼いていたところを、
オーガの手下によって、さらわれてしまったのでした。






さて、とにかく家をとびだしたジムとクレッグですが、
まずオーガの居場所がわかりません。

ピーチを育てていくために、ずいぶんと裏社会とつながりをもったふたりは、
このあたりでいちばんの情報屋、ばつぐんにハナが効くことから『ドッグ』と呼ばれる男とコンタクトをとりました。



「すまないが、さすがにオーガの居場所となると今すぐにはわからない。
調べることはできるが、リスキーな仕事だ。報酬は?」

ドッグは、仕事が完璧なかわりに、報酬が高額なことで知られていましたが、

「こいつでどうだい?」

ジムが、ピーチが残したクッキーを見せると、

「おいおい、なんてこった!」

さすがはドッグ、一瞬で状況を理解して、

「ああ、もちろんそいつで充分だ。すぐにとりかかろう。
1時間後にまたここにきてくれ。」

そう言うと、車に乗ってあっというまに走り去りました。


その間にジムとクレッグはさらに、裏社会の用心棒とコンタクトをとります。

元軍人で怪力自慢の大男『エイプ』
カンフーの達人で鳥のような身のこなしの『バード』

2人ともクッキーを見せると、

「最高の報酬だぜ! そいつのためならなんだってやるさ!」

「ああ、今わかったよ。俺はこの時のために長年修行していたんだ!」


こうして、わずか1時間足らずで、あっさりとこの街最強のチームがそろってしまいました。
そう、ピーチはほんとうに、みんなの姫さまだったのです。



一行はドッグと合流し、車にのりこんで走り出します。
通りをよこぎり、路地に入り込み、スラム街の奥の奥へ。
道はどんどん細くなり、とうとう車をおりて進むことになりました。

「気をつけろ。こっから先は、オーガのシマだぜ……!」
ドッグの顔がけわしくなります。

ドッグの案内で、迷路のような路地を進むこと一時間ばかり。

目の前にあらわれたのは、
とおい昔に事業が失敗し見捨てられた、ぼろぼろの工場とオフィスのビル。
そこが、オーガ一味のアジトでした。

中はまちがいなくオーガの手下たちでいっぱい。
一行は全滅をさけるため、また、一刻もはやくピーチを見つけだすため、二手に分かれて潜入することにしました。

ドッグもエイプもバードも、ピーチにべた惚れですから、

「よう、先に見つけた方が姫さまをゲットできるってのはどうだい?」

「いいや、そいつは姫さまの気持ち次第さ。だが、いつだってとらわれの姫さまのハートってやつは……」

「ああ、助けにきたヒーローのものだぜ!」

「おうよ、まちがいねえ!」

なんてやりとりもあったようです。

こうして、

きんにくムキムキのクレッグと怪力じまんのエイプは工場を。

情報屋のしごとがら潜入はおてのもののドッグとカンフーの達人バードはビルの方を。

そしてもうひとり、

「ジム、おまえさんはどっちにする?」

「おっと、わるいがおれは別で行かせてもらうぜ。昔からピーチ姫を助けるには、配管からって決まってるのさ!
よっ! トゥンットゥンットゥン……」

と妙な効果音をつぶやきながら、ジムはマンホールから下水道へ消えて行きました。











さて、結果から言えば、


それはもう一方的な展開でした。


街いちばんのギャングであるオーガ一味vs裏社会最強の3人プラスおじいさん2人。

潜入から1時間半。

オーガ一味は、ほぼ壊滅していました。

姫のハートをゲットするため戦う一騎当千の3人の前に、いかに最強のギャングといえどもまるで歯がたたず、

なにより、いちばん大活躍だったのは、おじいさんのひとり、クレッグでした。

クレッグはそのきんにくムキムキの身体に似合わず、
まるで犬のようにハナをきかせて潜入ルートをかぎわけ、
鳥のような身のこなしですばやく忍びこみ、
大猿のような怪力でオーガの手下たちをばたばたとなぎ倒していきました。


「じいさん、あんたひとりで十分だったんじゃないか?」

エイプがたずねると、


「そうかもしれないが、そうでないかもしれない。
99%の勝利を100%にするのが、俺たちの仕事なのさ。」

クレッグの答えは、エイプが軍人時代に上官からよく聞かされた、
「遠い昔に引退した伝説の軍人のことば」と同じセリフでした。


工場をいちはやく壊滅させたクレッグとエイプは、ビルのドッグとバードに合流し、
襲ってくるギャングたちを倒しながら各階をくまなく探しました。

そして、最上階の社長室。

ついにオーガを見つけ、追いつめたのですが、
しかしそのオーガの腕の中にはピーチ。そのこめかみには銃口。

最後のわるあがき、手下がやられたと知ったオーガは、ピーチを人質にとったのでした。

もちろんピーチを撃ってしまっては、あとは自分がやられるのみ。オーガはへたにうごけません。

しかし、ピーチを人質にとられている以上、追いつめた4人もへたにはうごけません。
実のところ、オーガの手下たちが全滅するまでに要した時間は、わずか30分ほど。
あとの1時間はこの調子で、こう着状態が続いているのでした。

わずか1時間ほどなのに、もう半日ぐらいはこうしてる気分。
張りつめた空気で皆ノドがからからでした。


そんな中、ようやく姫さまを救出するヒーローが登場します。



そのヒーローは、

オーガの腕の中で、こめかみに銃口を突きつけられながら、


ゆっくりと口をひらきました。



「もう、いいわ。」





「「「「「ホワット??」」」」」


5人の声がひとつになりました。



「もう、いいわ。許してあげる。」


ヒーローは、まるで子供のいたずらを許すかのように、自然な調子で話しはじめます。

「あなたは私のことを好きになってくれたんでしょう?
それはとてもうれしいことよ。でも、すこしだけアプローチのしかたをまちがえてしまった。
そして、パパたちがたすけにきてくれて、私はたすかった。
だから、私があなたを許してあげたら、もうケンカする理由はないわ。それでみんながハッピーよ。」


ひゅう、と声がとびます。ドッグもエイプもバードも、にやにやしだしました。どうだいこれが俺たちの姫さまさ、という顔です。

「だが、手下がみなやられちまった。おれはボスとして、このままで済ますわけには、」
と、1人だけけわしい顔をしたオーガの言葉をピーチがさえぎって、

「大丈夫。パパ達は私を助けるために、人を殺したりしないわ。私が気にするのを知っているもの。でしょ?」

「ああ、すこし眠ってもらっただけさ。じきに目をさますだろう。」

クレッグが親指を立てて答えました。



ほんのすこしの沈黙がありました。

それはまったくのしずけさでした。
それでいて、バーン! と、空気が、かんぜんにかわる音が、はっきりと聞こえたようでもありました。




「なんてこった……!」




そうオーガがつぶやき、


「ああ、なんてこった……!」


その手から銃が落ちました。



「姫さま、おれはどうやら今、あんたに本気で惚れちまったらしい。

おれと結婚してくれないか?
もちろん今じゃない。これからのおれを見ててほしい。」


オーガのセリフに、ピーチはいつものふわりとした笑顔をかえしました。


「どうだい、うちの娘はいい女だろう。
惚れちまうのは無理もないが、ライバルは多いぜ?」
クレッグがじまんげに言って、

ひゅう、はっはー、おうともさ、とドッグ、エイプ、バードから次々に声がとびます。

そうして、さっきまでとはうって変わって、かんぜんにほぐれた空気の中、オーガが、

「ああ、わかってるさ。おれだって本気だ。姫のためならなんだってしよう。」
といったところで、

オーガの後ろ、天井の換気口から、

「トゥンットゥンットゥンッ!! またせたな!! ヒーロー様のおでましだぜ!!」

どこをどう通ってきたのか下水まみれのジムが飛び降りてきたので、

それを見てピーチはおもわず大笑い。

オーガも、「うおお! このタイミングで! ちくしょう、なんて臭いしてやがる!」
なんていいながらも笑い出し、


今にして思えば、

「ふふ。それじゃあさっそく。ヒーローさんにシャワーの準備をお願いしたいのだけど、このビルにあるのかしら?」


「ああ、もちろんさ。」


そうして、事態が掴めずきょとんとするジムのかたわらで、


今にして思えば、


あの時から、ふたりの運命が、

どうやらうごきだしたようなのでありました。





めでたしめでたし。








いやー、長々とお付き合いいただきありがとう。
我が国古来より伝わる物語『桃太郎』いかがだっただろうか。
もちろん既にご存知の方が大半だろうし、幼少より幾度となく聞かされてきた話であろうから、
退屈な時間になってしまったことと思う。いやー、申し訳ない。
しかし、この名作、こればかりは語り継がぬわけにはいかぬゆえ、この場をお借りした次第。ご容赦をいただきたい。

ちなみに、この『桃太郎』には語られる地方や本ごとにいくつかのバリエーションがあり、
実はさらに真のエンディング的な後日談があるバージョンがあることをご存知だろうか。

こちらのほうはおそらく、ご存知ない方も多かろうから、せっかくなので今回はその後日談までを紹介して結びとしたい。


本編で濁されているオーガとピーチのその後であるが、

オーガはその後すっかり改心し、ギャングをやめ、その多くのワルたちをまとめていた手腕で事業をおこし成功を収めた。
ピーチへの熱烈なアプローチは続き、ピーチもどうやらまんざらでもない様子で、あの時から数年。

ギャングをやめて以来、その間にオーガが法を犯したのはたったの2回だけだったという。

そのうちの1つが、かつてオーガの言いなりになっていた役所に働きかけ、ピーチの戸籍を偽造することだった。

なんのために?

おっと、野暮は言うもんじゃないぜ。
続きは式のシーンからでいいかい?
もちろんふたりのじいさんも健在さ。


それでは、『桃太郎』の知られざるラストシーン、いってみよう。

イヨーッ。ドンドンドン。





オーガとピーチの結婚式は、街いちばんの式場、そのじまんのリバーサイドテラスでとりおこなわれました。

オーガとピーチとその友人たち、
もちろんドッグ、エイプ、バードも来ています。
皆、あいつにゃまけたよ、なんて顔で、
ひゅう、はっはー、と声をとばしています。
そして、ピーチの父親のクレッグ。

しかし、すばらしい1日のはずなのに、クレッグは、なんともおちつかない時間をすごしていました。

この大事なときに、もう1人の父親のジムが、いっこうにあらわれないのです。

皆に集まってもらっている以上、先のばしにするわけにはいきません。
式はどんどんすすんでいきます。

そして、いよいよちかいの口づけを、というところで、

なにやら会場がざわつきだします。

なにごとかとクレッグが見てみれば、リバーサイドテラス、そのかたわらの川を向こうの方から、

それはそれは大きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこ、と流れてくるではありませんか。

「おいおい、なんてこった! まさか!」

クレッグはいそいで桃をひきあげ、割ってみると、


「オーマイガッ……!」


その中からはなんと、
クレッグのよく知る、ちょっとぽっちゃり、からだのちいさなおじいさんが、
ウエディングドレス姿で出てきたではありませんか。


「おいおい、ひでえ花嫁だぜ!」

「ちょっとは娘を見習ったらどうだい?」

どうやら事情を知っているらしい友人たちから次々にヤジがとびます。

そう、オーガがギャングをやめてから法を犯した、その2つ目は、
ピーチの戸籍を偽造するついでに、

ジムの戸籍上の性別を、女性に書き換えてしまうことだったのでした。

なんのために?
野暮は言うものではありません。

言葉をうしなうクレッグに、

「タキシードの準備はできてるわよ。パパ。」
ピーチが声をかけました。


「ああ、なんてこった……! なんてこった……!!」


クレッグは、ずぶぬれになりました。

それは、川に入ったせいなのか、涙のせいなのか、もうわからないほどでした。


「夢が、全部叶っちまった!!
全部だ! 全部叶っちまった!!」


こうしてその日、この街にあらたに2組の夫婦が誕生しました。


2組はそれぞれ、いっせんをこえた関係のおじいさんとおじいさんだったり、
だれもがおそれるワルな過去があったりしましたが、
その気のいいひとがらと、りかいある友人たちのおかげで、

いつまでもいつまでも、しあわせに暮らしましたとさ。



めでたしめでたし。



とのことでありますので、ひとつよろしく。
途切れさすまじ、この伝統、Hey yo!