[コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2016/07)
「SMの店行くんやけど、付き合ってくれへん?」
友人のシンガーYからのメール。
なにっ、拙者の潜在意識に眠る性癖を察知されたかっ!
と思ったがちがった。よかった。
ミュージシャンの仕事は、意外といろいろある。
ライブハウスで演奏する以外にも、
結婚式場やパーティー会場なんかで演奏したり、
楽器教室で教えたり、
学祭や地域の祭りに出たりする人もいる。
そして中には、SMショーのイベントでゲストシンガーとして歌う、なんて仕事もあるそうな。
友人のシンガーYは先輩のムライさんという人に仕事を紹介され、SMショーの合間に歌を歌うことになった。
だが、あまりに馴染みのない世界。
全員初対面でいきなり本番当日、というのもさすがにアレなので、まずはごあいさつ。
紹介してくれたムライさんと一緒に主催者の人に会いに行くのだが、おもしろそうやから一緒にこーへんか? とのことであった。
そこそこの年齢になると、知らない経験はめっきり減ってくる。
感受性が鈍ってしまうと皆言うが、それもそのはず、同じとこばっか回っていても10代の時のようなビリビリ感は得られまい。
新鮮な体験に飢えていた拙者は絶好の機会に迷わず飛び込んだのであって、
決して拙者の趣味によるものではないはずであることはあらかじめ断っておきたい。
「なんそれ、行きます。」
「やっぱり。そーいうの好きそうやもんな。」
Yの先輩ムライさんの案内でやってきた店は、意外にも普通の小洒落たダイニングであった。
今回のイベント主催者は普段はSM業界の人ではなく、なんとフレンチのシェフ。
趣味のSM好きが高じて、オトナの料理&オトナのショーのイベントを開くようになったという。
閉店後らしくお客さんのいない店内。
一見全然ただのオシャレ空間なのだが、よく見ると貼ってあるポスターのパンチ力がすごい。
「大縄あそび」ってのは、はて、みんなで飛ぶのかしら。どうかしら。ええ。
シェフは若干目がヤバイものの気のいいおっちゃんで、
我々は、ワインやらチーズやら焼いたバナナの乗ったステーキやら、色々とご馳走していただいた。それがまた、なにもかも超うまい。
なんでも業界ではちょっと有名なシェフらしい。
見ていると手際も素晴らしく、さすがに盛り付けも美しい。
そしてその合間合間に、
「おいムライ、箸出してくれ。」
「箸どこですか?」
「そこの引き出しや。」
「シェフ、ここの引き出しムチ入ってます!」
「あ、すまんその下の引き出しや。」
「シェフ、下の引き出し、箸とムチ一緒に入ってます!」
など、なんともおちゃめな一面もちょいちょい覗かせてくるのであった。
はたして営業中、箸はどうしておるのか。
Yと拙者が好奇心からムチ見せてくださいと頼むと、
出るわ出るわ、オシャレダイニングの隅っこから、次から次へと取り出されるムチ。
「これはな、音は派手やけどあんま痛ないねん。」
と、きしめんみたいな平べったい革がいくつも束ねられたムチ。
「これはそれの特注版でな、めっちゃ重たいねん。すごい音するで。」
と、きしめんムチの超デカイやつ。
テーブルに向かって打つと、ズバッッシャーン! と、なんかちょっとした落雷みたいな音が鳴る。
「これが1番いかにもムチっぽいやつやな。こっちは痛いでー。」
と、編み込みになった一本の革のムチ。
「先っぽちぎれてますやん!」とムライさん。
「こないだちょっと使いすぎてもうてな。」とシェフ。
使いすぎてムチちぎれるとは、いかに。
そして、「ただの棒に見えるけど、これもムチやねん。痛いでー。」
と、やたらとしなる木の枝のようなムチが大小2本。
さらに手錠。縄。
棚に置いてあるバッグからは大量のおとなのふりかけ(メタファー)。
よく見ると縄にはちぎれてダマダマになった髪の毛が数本絡みついていた。
はたして営業中、その一角はどうしておるのか。
閉店後なのをいいことに店内BGMは、
過去にNHKで放送された政見放送だという、
「日本男児よ、ズボンをおろし、銃をかまえておくんなはれ!」
「ゲイ・レボリューションです!」
と語る演説のテープ。
むろんシェフのセレクトである。
そしてすっかり異空間と化した店で繰り広げられる、打ち合わせという名のSMおもしろ話集。
シェフのイベント常連客の「いぬ」氏。
普段は弁護士をしている初老の紳士であるが、イベント中は誰も二足歩行をしている姿を見ていないという。
ある時、彼の弁護士事務所にSMクラブの「奴隷契約書」(あとで訴えられたりといったトラブルを避けるため、そういうのがあるらしい)がFAXされてきて、事務の女の子が辞めたそうである。
なぜ送り先を事務所にしたのか、いぬ氏よ。
超コワイ女王様の「マリ」さん。
Mの男性の頭にダンボールをかぶせ、その上からアイスピックで刺しまくり、
いじめてほしかったはずのMの男性が本気で殺されると思って失禁したとか。
一枚マリさんの写真があるということで見せていただいたが、
ボンテージでバチバチにキメるカメラ目線のマリさん、超美人。
そのかたわらに、ワイシャツに赤いネクタイの男性。60代ぐらいのようだが、マリさんに頭に手を置かれ、まるで赤子のような笑顔を浮かべている。
まあステキな記念写真、と思たら、
あらやだ、マリさんその手に鋭利な金属製の何かを持っているでないの。
そしてその先端は男性の頭部にぶっ刺さっており、そこから流れる血は男性の胸元へ。
てことはなんだ、きみ、ノーネクタイかね。そいつあいかんよ、うふふ。
起きてる出来事としてはちょっとした事件なのだが、それでいて男性のこの、赤子のような笑顔である。
すべてが成立してる。ノープロブレム。
ラーメン屋に行けばラーメンが出てくる。
カフェに行けばコーヒーが出てくる。
そしてどうやら超コワイ女王様には、頭をぶっ刺されるようなのであった。
BGMはいつの間にか政見放送から、三上寛へ。
Yの「皆どうやってSMに目覚めるのか」という問いに、シェフが答える。
曰く、皆だいたい幼少期にトラウマがあるらしい。家庭崩壊してたりとか、Mの子は昔レイプされたとか、親がDVだったとか。
皆どっかで歪んでもうとるんや。
死んでもーた子もいっぱいおるで。
でもSMやって救われた子もいっぱいおる。
そう言って、シェフは若干ヤバイ目を寂しげに遠くへ向けた。
なんか、ちょっとバンドマンの話を聞いてるみたいでもある。
話が落ち着き、若干静かになった店内に、
三上寛の泣き叫ぶ出刃包丁のような歌が流れる。
夢は夜ひらく
夢は夜ひらく
「俺これ聴くと泣いてまうねん。」とムライさんがつぶやく。
なんだか、SMとはブルースなのかもしらんなー、とちょっと思った。
夢は夜ひらく
夢は夜ひらく
うむ、わからいではない。
その気持ち、ううむ、わからいではない。
わからいではないが、しかし、
拙者はうかつに夢ひらかぬうちに退避いたす。
拙者、性癖に偏見も差別もない方だとは思うが、
最終的に頭部をぶっ刺されることになるのは、なるべく避けたし。
(今回のコラムは完全にフィクションの体であり、実際の人物などとは関係ありませんので、よろしくお察しください。)