[コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2016/11)
超ごめん。
またしてもコラムを飛ばしてしまったのであって、全くもっててへぺろである。
しかもこれ、今回のコラムはなんと前回の続き、
「SMイベント見学記 〜実際行ってみた編〜」
だというから、どうかね、君。
新しすぎる世界のトビラは、うかつに開けぬに限る。
しかし、何故に人は怪談などを好むのか。
何故に絶叫マシーンなどに乗りたがるのか。
こわいもの見たさ。
その強烈な原動力。
おそらく原始の昔から変わらぬであろう、そのパワーたるや。
火に近づいて、持ち帰ってみたやつ。
海に舟を浮かべて、渡ってみたやつ。
はたまた、ウニを叩き割って、中身を食ってみたやつまで。
ビッグバンさながら、絶えず広がり続ける好奇心の小宇宙。
きみも燃やしているか。己自身のペガサス幻想を。
あと、18歳以上で、多少のパンチあるエピソードぐらいでは引かないタイプか。
登場人物は、
イベントにゲストとして呼ばれた友人のシンガーY
SMショーとおいしい料理を軸に、音楽家やダンサーなども巻きこんだオトナのイベントを企画する、主催者のシェフ
小宇宙を燃やすあまり、それをうっかり観に行ってしまう拙者
そしてめくるめくS&Mの世界の方々である。
オトナの、夜の世界のトビラ。
その奥の景色の一端。
チラ見程度の、ほんの端っこだが、
きみものぞいてみるかね?
それでは、いってみよう。
「SMイベント見学記 〜実際行ってみた編〜」
ゴー・ファイト!
駅まで迎えに来たYの案内でたどり着いたのは、町屋を改装したというウッディーで小洒落たバーだった。
ただでさえ馴染みがなく入りづらい雰囲気。
さらに今回、店内はその道の方々で貸切とのこと。
嫌が応にもそわそわ感が高まる。
意を決して入り口をまたぐ。
その瞬間、はっきりと肌で感じる。
外と、完全に空気が違う。
中にいる人いる人、全員オーラが強すぎて、たいして混んでもいないのに、異様な圧迫感があるのである。
心霊スポットに入った途端、アカン、ここアカンやつや。みたいなアレに似ている。
お客とおぼしき男性は皆、どこの社長が役員かという雰囲気のおじさん方。
やけに細いメガネ、いかがわしい筋肉。シャツの襟は全員パリッパリ。
そして女性は皆、あらどこのお店の娘かしらという雰囲気のお姉さん方。
ネオン色のドレス、オトナ色の唇、立ち居振る舞いは全員クネックネである。
なによりまず受付のお姉さんからして夜のオーラがすごい。
チケットをもぎりながらに、今にも「あたしもね、むかしは色々あったのよ。」などと語りださんばかりであった。
異空間と化したバーのカウンターにはシェフ特製の料理の数々。
天井には謎の金属の輪っか。
なんだかムダに店内を歩き回る拙者とY。
なぜか全く違和感なく女装しているシェフ。
「まもなく開演です。」とのアナウンスがあり、
皆ゆっくりと食事を済ませ、話を落ち着け、思い思いのお酒を片手に席に着く。
オトナは急がない。
演者ではなく、オトナ達の準備が出来た時が開演時間なのだ。
ソファーにおじさん方が、どかっと腰かける。
かたわらにお姉さん方が、クネッ、ファサッ、と腰かける。
「腰かける」という動作の中に、キワキワのスカートの上にブランケット的なモノをかけるという手順が含まれている。
お姉さん方のいつもの仕草であろう、その、流れるようなファサッ。それが昼の世界に降りる幕。
ギターをかまえるY。うなずくシェフ。
オトナのショータイムのはじまりであった。
ガチガチになりながらも見事歌い切ったYには拍手を送りたい。
なんせ客席はオーラまみれ。
さながら謁見にのぞむ遣唐使か何かのような気分だったであろう。
出番を終えてもそわそわがおさまらない様子のYを尻目に、
ステージには次の演者がずらっと登場していた。
マスクの女医、真っ黒のドレスの女性、
アコーディオン奏者の男性(せっかくだから、という理由で女装している。)
演目は、緊縛。
女医役の女性はこの日が「緊縛デビュー」とのことであった。そんなのもありまんのか。
拙者とYは客席のオーラを避けるようにして、ステージ真横のいちばん端の席に座った。
アコーディオンが流れ出す。
なんとなくフランスの宮殿っぽい三拍子。
ステージ中央に真っ黒のドレスの女性が立っている。
長い髪は乱れ、表情は虚ろ。
SMで責められる側の女性をM女(えむじょ)と呼ぶそうだが、なんとなく「M女」という役に入り込んで演じている、みたいな印象を受けた。
これは「緊縛」というショーであり、彼女はその演者なのだ。たぶん。
マスクの女医が、真っ赤な縄を手に取った。
束状にまとめられ、結わかれた縄。
端を引っ張ればその結び目は解け、たちまち全体がはらりとほどけて、一本の長い縄になる。
女医はM女の長い髪を、おら、とばかりに引き上げると、
胸の上あたりをぐるりと縛り始めた。
M女のややぽっちゃりした白い身体に、真っ赤な縄が食い込む。
女医の手つきはぎこちなく、真横から見ているのでよくわかるのだが、よく見ると手元がずっと震えている。
緊縛デビュー。バンドで言えば人生初のライブみたいなものか。そら緊張もするであろう。
だがその役どころはSの女医。
M女を常に乱暴な風に扱い、長い髪が邪魔になれば、おら、とばかりに引き上げて避け、
続けて胸の下あたりを縛り、胸の前を交差するように縛っていく。
たどたどしくはあるが、その動作は常にSらしい。彼女もまた演者なのである。たぶん。
途中、女医の縄が足りなくなれば、わきに控えている助手的な人が束状の縄をさっとわたす。
女医はその端を引っ張る。するとはらりほどけて一本の縄になり、
足りなくなればまた受け取り、片時も止まることなくM女を縛り続ける。
助手の足元には同じように結わかれた縄がたくさん並んでいる。
「うおお、こいつぁまさしくSM界の8の字巻き。緊縛ショー、そのおそるべき段取り!」
などと拙者が感動しているうちに、
気づけばM女は腕を後ろで組むように縛り上げられ、両脚から足首のあたりにもそれぞれ縄が食い込んでいた。
しっかりと練習を積んできたのだろう。ステージ慣れしておらず手元こそ震えていはいるが、
女医の手順に迷いはなく、まなざしは真剣そのもの。
部活動に打ち込む高校生のような純粋さで、M女をどんどんと縛り上げていく。
そしてそのまなざしが、きっ、とひときわ力を増した。
女医が手に取ったのは、一本の茶色い縄。
女医はその茶色い縄を、M女の背中あたりを縛っている真っ赤な縄にくぐらせると、
天井についている謎の輪っかに通し、
体重をかけて、ぐいい、と引き下げた。
絵に描いたようなテコの原理。
ふうッ! と息を漏らし、苦悶の表情を浮かべながら背中を引っぱり上げられるM女。
女医は引き下げた縄をM女の背中の縄にくくりつけ、
もう一本の茶色い縄を手に取る。
そしてそれを強制背伸びの状態になったM女の足の縄にくぐらせ、
天井の輪っかに通し、
ぐいい。
おおおっ、
客席から歓声があがる。
M女は背中と足をそれぞれ引き上げられ、少しずつ少しずつ、えび反り型に宙に浮かんでいく。
ぐいい、おおおっ、
ぐいい、おおおっ、
M女が肩ぐらいの高さまで浮いたところで、女医は引っ張っていた縄をくくりつけて固定した。
手を離しても浮かんだままのM女。
黒いドレスをまとった白い身体を、真っ赤な縄で縛り上げられ、
目を閉じ、眉間にシワ。漏れる吐息。
完成! 緊縛宙吊りM女!
うむ、たしかになんだか芸術的である。ジャンルこそ違えど、ステージに立つ者同士。
見事な初ステージを決めた女医に拍手をおくりたい。
と思ったのも束の間、女医はさらに新たな縄を手に取った。
「なにっ、これ以上どこを縛るというのか、女医よ!」と思わず身を乗り出す拙者。
女医はその縄をM女の口に猿ぐつわのように挟み込むと、
そのまま水平に、逆エビ状態になった身体に巻きつけ始める。
顔面から膝まで、宙吊りのまま真横にぐるぐる巻きにされるM女。
猿ぐつわ状態の顔が紅潮し歪むのは、果たして苦痛にか快感にか。
そして、次の瞬間、
フッ! と気合一閃!
縄を勢いよく引っ張る女医!
すると、オーマイガッ!
縄を引かれた勢いで、M女が宙吊りのまま回転しはじめたではないか!
おおおっ、とふたたび客席からの歓声。
猿ぐつわ状態を解かれ、ふうッ! と息を漏らすM女。
ぐるぐる、おおおっ、ふうッ!
ぐるぐる、おおおっ、ふうッ!
こ、これは……
これはまさしく……
ハイパーヨーヨーや……!
女体と縄の、ハイパーヨーヨーや……!
場所は町屋を改装したという、ウッディーで小洒落たバー。
逆エビ宙吊りのまま回転するM女。
それを観て歓声をあげるオーラまみれの客席。
その中でひとり少年時代に飛び、ただただ当時大流行した遊びに思いを馳せる拙者は、
いま思えば思考がキャパオーバーを起こし、現実逃避しておったのかしらん。
M女は回り続ける。
ぐるぐる、おおおっ、ふうッ!
ぐるぐる、おおおっ、ふうッ!
拙者は思いを馳せ続ける。
ロングスリーパーや……!
かなりのロングスリーパーや……!
すまん。
SM世界の皆さんには、全く申し訳なく思っておる。
新しすぎる世界のトビラは、うかつに開けぬに限る。
しかし、何故に人は怪談などを好むのか。
何故に絶叫マシーンなどに乗りたがるのか。
この後、女医達のボスのような格好でシェフが登場し、おもむろにシャンソンを歌い出してからの展開は、拙者の口からは語るまい。
もしもここまでを読んで君の小宇宙が燃えているのであれば、
1度現場で、その目でゴー・ファイトしてみてほしい。
同じく思考のキャパオーバーを起こしたYと、このあと飲みに行こうぜ、いや、飲みに行かなくては!
となったのも当然の流れだったであろう。
イベント終了後、店の外でYを待っていると、
「おつかれさまでーす。」と店内に明るく挨拶しながら出てきたのは、先ほど逆エビ宙吊り状態で回転していた、ひとりの年頃の娘さんであった。
ごく普通の地味めな私服に着替え、自転車でひとり帰路につく。
時刻は23時過ぎ。
おそらく怪しい男に出くわして危ない目にあったりせぬよう、広めの道を選んで帰るのであろう。
なんなら、明日はコンビニか何かでバイトでもしているかもしれない。
その、彼女のどこかさびしさをにじませた後ろ姿は、ライブ帰りのバンドマンそのもの。
SM世界の人とは、話してみればもしかしたら、めっちゃ仲良くなれるのかもしれない。
拙者も、いつか彼女が好奇心の小宇宙を燃やし、
生のロックバンドでも観たろうかしらとライブハウスに足を踏み入れた時のために、
いっちょギター回しの練習でもしておこうかしら。
さすれば、それを観た彼女は、
ハイパーヨーヨーや……!
バンド界の、ハイパーヨーヨーや……!
と、
ならんか。ごめんよ。
さすれば、今回はこれにて。