[コラム]藤井えい子の「鬼の居ぬ間に箸休め」(2017/06)


「日翳の部屋」



この部屋に来て、まだ一本も吸ってないじゃない
そうね
もうやめたらいいのに
そうよね
やめないんですか
朝はね、いらないのよね、なんだかもったいなくて
何がもったいないの
汚れちゃう気がして、身体も空気も部屋も、朝はきれいだって、信じてるのね、だから、もったいなーって
ああ、それは、わかります
そうでしょう
吸いますけどね
どうぞどうぞ
珈琲淹れようか
いただきたいです
珈琲はいいんですか、汚れないんですか
珈琲はいいんです
そうですか
そもそもこの部屋って、朝がないわよね



眠って起きただけ、朝が来たわけでない
陽の光を受け容れないこの部屋では、すべてが隠し事みたい
誰も僕らを見つけられない

このぼんやりとした不安と安堵の正体は、僕らは
いったい何者なのだろう


朝も昼も夜も、春も夏も秋も冬も、僕らにきちんとやってきたけれど
この日翳の部屋は、いつだって変わらない
温度も匂いも色も何も変わらない、何もないから、何も覚えていない

ここでの暮らしに食べることや育むこと、季節、喜びや寂しさはなくて、ただ惰眠と体温だけが、いつも布団を温めている