[コラム]藤井えい子の「鬼の居ぬ間に箸休め」(2016/03)


「春の嘘」




嘘でもいいのさ。

あの子は、甘えることも格好をつけることも、嘘を吐くことも上手だった。
圧倒的にだらしなくて、圧倒的に美しかった。

だから、嘘でもいいのさ と言っていられた。




あんたは、嘘を吐かないかわりに、冗談の趣味が悪い。

この部屋では、いつが朝で、いつが夜なのだかわからない。
時間を弄ぶのも不毛に思えて、つい眠ってしまう。
のめり込まないよう、背中を向けておく。


この部屋、とても居心地が悪いわ


あんたは趣味の悪い冗談で、欲望を茶化す。




私が触れたら困るくせに、私に簡単に触れる。

私は、きもちのいいことを知ってしまっているので、それを拒むことができない。
肌は正直なもので、相手のことをどう思っているか、私は私自身の肌に知らされるのである。

私が触れたら困るくせに、私に簡単に触れるなよ。
あの人、どうせ、嘘なんか吐けやしないくせに。




私は嘘が下手くそなもので、
これでは嫌だという顔をして、どうぞこのまま と全身が叫んでいる。
少し、黙っていてほしい。

ただただ、かわいい人になりたいのであるが、
いじわるを言うことで、言い訳を用意した気になっているのである。





愛しい夜に似ている
吐息が私を濡らしてゆく
愛しい人、とても愛しいあなた
吐息を集めて、海になる

春に触れたら、壊れてしまう
夢のままでは、狂う
春のいたずら、口づけひとつ
今は、嘘でもいい