[コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2012年09月号)

| | トラックバック(0)
(前回のつづき)

居留守、仮病、体重をフルに使っての抵抗等々。鍛えに鍛えた不登校技は校長には何一つ通用しなかった。第一に、始業時間がない。この時間まで粘れば勝ち、というリミットがない。
校長は俺を学校に連れて行くと、授業には参加させず、一緒に学級農園を耕したり、校庭の雑草を抜いたりさせるのだった。
大概の引きこもりはコミュニケーションができんで躓くものだと思うけれども、まずは一対一から、ということなのだろうか。シャベルの扱いを教わり、ある程度仕事をこなせるようになる頃には、気づけば教室で普通に授業を受けている俺。校長マジックであった。

だけども、やはり水泳だけはやれん。あの、一人はしっこで肌色の藻と化す、あの時間だけはやれんよ、なんて思っていたらば、プールにあらわる校長。まさかの校長からの水泳マンツーマン指導が始まった。
顔をつけるところから、潜る練習、五秒、十秒、十五秒。蹴伸び、バタ足。一夏かけて覚えられたのは、なんとかこれだけ。
そして一夏の集大成に、皆がクロール25mに挑む中、一人バタ足でのトライアル。息継ぎができんから、目一杯吸って、蹴伸び。あとは息の続く限りバタ足、バタ足、我慢、我慢、我慢も限界、だけどももう少しあと少しあと少しあと少しあと少し。
思えば、初めて必死で頑張った授業だった。
記録は、5m。ささやかな、ささやかな、自己新記録であった。

終業式、今までよりも心持ちそわそわしながらめくった通知票には、
水泳の項目、やはり評価は「がんばろう」であったけども、
その、「がんばろう」のマスには、☆のスタンプが輝いておったよ。

あれから十余年。そこそこいい歳になって何をしとるかと言えば、どういうわけかロックバンドで歌を歌っておる俺。
泳ぎはあれ以来ちっとも上達せんかったけど、俺、今どうにか、もう少し、あと少しなんつって、この迷走する2010年代にしぶきをたてて、足をバタバタさせておるよ、なんちて、
地に足がついておらん、とも言いますけれども。ええ。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: [コラム] モケーレムベンベ井澤聖一の「豆腐のかど」(2012年09月号)

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://fireloop.net/magazineadmin/mt-tb.cgi/580