[コラム] DJホシヲの「夜の飛び方」 (2011年12月号)

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俺やで。(#oreyade)
西の居酒屋ツイート王、ホシヲです。
2011年。
忘れることなんかできないくらいの激烈な一年であった。ひょっとしたら、ずっとこの年って終わらないままなんじゃないか?
どうして、こんなにもえげつないことばかりが起こるんだ?と毎日自分自身に問い、それでも負けるわけにはいかないと奮い立たす日々であった。
しかし、人生とは奇妙奇天烈なもので、絶望の淵に立ってもなにくそと歯を食いしばり続けた結果、すばらしい出来事もたくさん起こり、グッとくる瞬間にもたくさん出会えたし、めでたくレコードを全国に送り出すこともできた。人生を諦めるとか、そういった以前に何がなんでも生きなくてはならないと強く思った一年でございました。
3.11から考え続けていること、実践できたことや足りないこと。
本当にたくさん考えたけれど、結局できることは一生懸命生きることだというのが今のところ。死んでしまってはその先に何もできないし。
東北にご家族がいる友達や、東京の友達。
たくさん不安を聞いた。タイムラインで、電話越しに、直接に。遠い空、でも届かないわけじゃない空で今も見えない不安にさらされている方々がいる。揺れ続ける地面、沿岸の瓦礫、原発からもれる放射能。事態はまだ何も収束していないし、見通しすらつかない。
それどころかメディアは次が来るぞなんていう報道まで始めた。これが僕らが生きている時代だ。

音楽は無力だと思った。
けど、音楽は必要だと思った。
どんなにか悲しくても、どんなにか辛くても、唄が、ダンスが必要だって思った。
だから、もっとおもしろいイベントをってボールペン片手に知恵を搾り出して、もっとええ曲をってギターを弾いた。結局、僕が出来ることはそれしかなかった。だからやるしかなかった。

今年はすごく濃厚な一年を過ごしてきたと思う。
今までの5倍近く様々なことを考えたと思う。
僕の生活から、音楽は全く切り離せずに在るのならば、そして、そこに力を注ぐのならば、迷っている暇などどこにもない。
ましてや後悔なんかしてる場合じゃない。夏が終わって、霧が晴れたとき、僕は別人になっていたよ。来年は、ポジティブの権化であろうと思う。泣いたことなんかねえし!

今年も、酒と音楽にまみれて、涙と汗を流して生きてこれました。いったい、何本のハイネケンを空にしてきたんだろうか。何杯のジョッキに世話になったのだろうか。何本の徳利に涙を拭いてもらったのだろうか。まだまだやりたいこともたくさんあるし、やる気もある自分のハートの若さを信じたい。物質的な若さなど何の役にも立ちはしない。じじいになってもハートだけは若くいようぜブラザー。

Fireloopが10周年を迎えて、次の10年に向かう節目の年、僕がずっと言い続けてきたことがあります。
Fireloopにいる時は、みんな一番素敵でいてください。一番かっこよくいてください。ステージに立つバンドマンはもちろん、遊びに来るお客さんもキラッキラでいてください。Fireloopはそういう場所であり続けれるように僕は仕事をしていきたいと思ってます。
ここにきたらワクワクできる。
ここにきたら素直になれる。
ここにきたら誰かに会える。
日常生活で失いそうになっているものをてんこもり用意してスタッフ一同ミラーボールの下でお待ちしています。
来年もよろしく!ロキンロー!


追伸
まあ、その前に忘年会ででかい花火あげるから、みんなフルパッションでかかってこいや。

Fireloop/JUNIOR BREATH/星屑円盤社 ヒノイデ"ホシヲ"ダイチ


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