[コラム] HortNecksゴル健の「予感のような町」vol.17 最終回 (2010年04月号)

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すっかり春の匂いがする。

「桜の樹の下には屍体が埋まっている」という有名な一文からも窺えるように、春ほど奇麗で、これほどまでに危うい匂いの漂う季節は無い。
人々が騒ぎ立てる娯楽行事こそ夏や冬に比べると少ないものの、卒業や入学など様々な環境の変化が取り巻いている、大変エネルギッシュな季節だ。だのに人々は、あの柔らかい陽気に全てをごまかされ、生活の節々に余計な油断を与えられている。だから春には事件が多い。最も便を漏らしやすい季節が春だというのも、頷ける。(※)

体内においても、似たような事が言える。春は、熱い風呂から上がっても、もう冬みたく露骨に体から湯気が出る事はないし、どれだけ動き回っても、夏ほど汗をかきはしない。だけども、常に沸々と、何だか強くなったような、何かやらかせそうなドキドキ感が、自分の中に密かに、それでいて確かに、ポカポカと潜んでいる。そしてその独特でエネルギッシュな春の熱は、(環境が大胆に変わる季節だからか)何をしたって許されそうな誤った感覚を帯び始める。この感覚(慢心や油断)の有無が、「秋」と「春」との決定的な違いなんじゃないかと思う(秋は、気温が下がって生き物が「冬越え」を本能で意識し始めるため警戒心が強いらしい)。

要は、まとめるに、春は過ちの季節なのだ。潜んでいたエネルギーが思いがけないタイミングで放出してしまったとして、...たとえばそれが「便漏らし」という丸ごとエネルギッシュな放出方法で、...陽気の中でいつの間にか育っていた「許されそうな感覚」とは裏腹に、「春の匂い」云々で全然ごまかせてなくても、お願いだから許して欲しい。

※2010年3月現在、当社データによる(調査対象:ゴル健)

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HortNecksは、最新音源『生活によろしく』の発売と同時に無期限の活動休止に入ります(この記事が掲載される『Fireloop Magazine』が発行される頃には、公式サイトなどで発表されていると思います)。なので、ゴル健コラム『予感のような町』は今回で最後です。連載を始めて約一年半、月によって予想を超える嬉しい反響があったり、「今回のはあんまりだった」と素直な声をいただけたりで、「読み手を介した自分の言葉」と向き合えて楽しかったです(こんなに多くの方が触れてくれる場所を与えて下さったFireloopスタッフ一同には本当頭が上がりません)。長らくのご愛読、有り難うございました。

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