[コラム] HortNecksゴル健の「予感のような町」vol.15 (2010年02月号)

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「見ていて楽しい記号」の話。特に漢字にはいっぱいある。ちょっと捻くれた文脈を持った成り立ちのものでいえば、「親」(木の上に立ってそこから見てくれている)や、「蚊」(ブーンって飛ぶ虫だから)など。視覚的な成り立ちのものでいえば、「贔屓」(一つの貝だけ目にかける感じ)や、「月」(三日月の形そのまま)など。どっちも併せたものでは「明」(日と月があれば明るい/視覚的にもこれを見て明るさを感じられる)が挙げられる。個人的には、視覚的で、ユーモアや皮肉に長けたものを見つけるのが好きだ。「美」って漢字はずっと見てるとゲジゲジ虫みたいだとか。「不安」は何となく一筆で書けそうだけど、「鬱」は何だか一筆で書くと違うものになってしまいそうだとか。「ジシン」ってのは(「自信」「自身」どっちでもいい)、書くにつれてどんどん点が減っていって、その何かが欠けていく事をネガティヴにも取れるし、シンプルになっていくという意味合いで前向きにも捉える事も出来ちゃう、この、あくまでも人間任せな感じが、まさに「ジシン」の内実を的確に表しているんじゃないか、だとか。(もちろんどれもオリジナル)。


そうした意味で、個人的なベストオブ固有名は、最近までダントツで「東京事変」だった。全部の文字に蓋(フタ)がついてて、内容がぶら下がっている。この 感じが、「東京」や「事変」の性質、はたまた「東京事変」というワンワードの在り方と非常によく絡み合うのだ。バンド名を提示した時点で、バンドの性質を 無意識に流れ込ませる事に成功してしまうセンスと風格が、まんま「東京事変」としてそこにある(名付け人すら無意識の創造だったなら、なおさらだ)。これ ほど洗練された固有名詞にはもう遭遇出来ないだろうと、達成感に似た感覚を手に入れたのを覚えている。

しかし、だ。最近、これを超える固有名に気付いてしまった。HortNecksでもギターを弾いていてくれて、このコラムが載っているフリーペーパーの発 信源『天王寺Fireloop』じゃ正にお馴染みな顔、「ナカノケンタ」だ。この並びをよく見て欲しい。全部の文字に「ノ」の要素が入ってる。「ノ」って 文字は、形的に、何だか、どうしても、滑っている感じ。ちなみにそれが入っている数は、一文字目の「ノ」から順に、一つ、二つ、一つ、二つ、一つ、二つ。 つまり、彼は「ナカノケンタです。」という短い自己紹介の中で「ちょっと滑って、かなり滑って」を三回も行っているのだ。そして最後の「タ」においては、 真ん中の穴にそのまま落っこちていく感すらある。なんて潔いんだろう。これほど彼の内実を表し......(略)
「ナカノケンタ」を超える名ネーム募集。


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