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KANA-BOON
KANA-BOONインタビュー

5ヶ月連続シングルリリース、5ヶ月連続自主企画を行うKANA-BOON。
うち3回はFireloopでってことで、Fireloopでも3ヶ月連続KANA-BOON特集!!
彼らのホーム三国ヶ丘FUZZの倉坂さんにも同席してもらって、谷口鮪(vo/gt)にインタビュー敢行!!

鮪:谷口鮪(KANA-BOON:Vo / Gt)
倉坂:倉坂直樹(三国ヶ丘FUZZ)
interview and text:野津知宏(Fireloop / ASR RECORDS)

――恒例のやつですが、簡単にKANA-BOONの事を教えて下さい。

鮪:高校1年の時に結成……なので6年?とかです。

――16歳から!キャリア長い!

鮪:去年の8月にBassがかわりました。新しい今のベースも、違う高校でしたけど部活絡みで元から仲は良かったです。

――オリジナル楽曲でいわゆるライブハウスに出始めたのはいつぐらいですか?

鮪:高校を出てわりとすぐちょこちょこっとは出てたんですが。1年ぐらいブランクがあって、その後からFUZZに出始めるようになって。

――その時にはもう倉坂さんには出会ってたんですか?

鮪:会ってましたね。

――FUZZ以外の大阪のライブハウスの人っていう立場で言うと、やっぱりKANA-BOONのホームはFUZZだと思うので、その出会いなんかもお聞き出来ればと思うのですが。

倉坂:元々彼がベースで参加していたバンドがずっとFUZZに出てくれていて。で、そのバンドの精算の時に「今度、僕がボーカルやってるバンドで出るんで、よろしくお願いします」みたいな。それまでは正直、そのバンドでも一番喋ったことのないメンバーだったんですが(笑)。MCで面白いことを言おうと必死な子、って感じで(笑)。大阪特有の笑い取らなっていう感じで。

――で、その鮪くんがボーカルやってるバンド=KANA-BOONを見たその第一印象って覚えてますか?

倉坂:曲が凄くイイなあ。声もイイなあ。ただ、なんでそんな素人ライブなん?って感じで、ギャップが凄く印象的でしたね。

――そこって、今でも良い意味でありますよね。語弊を恐れずに言うと、KANA-BOONって凄く少年にも見えるっていうか。ライブのキャリアを積んで、身に付けるものと失うものってあると思うんですが、その失っちゃうはずのものがまだあるというか。初々しさとかみずみずしさみたいな。

倉坂:僕が仲良くなるバンドの傾向なんですが、大人になりたくないタイプが多いんですよね。そこはみんな意識があるというか。まあ初期はそこが変な感じで出てたのかも(笑)。曲はその時点で今と変わらないクオリティだったと思うし。

鮪:小奇麗な感じにはなりたくない……ていうのはまあずっと。

――なるほどー。そこらへんの感覚が何と言うか、おらが村的と言うか、うちの街で一番カッコいい「ロックバンドのお兄ちゃん」っていうその立ち姿でい続けてるのは凄いと思います。遠くに行っちゃったなあ、みたいなのが良い意味で無いという。

倉坂:単純にその頃から変わってない部分もあるし、でも歌ってる時の表情が今は完全に歌う人の顔になってますから。

――場数と、その場数で何を得るかなんでしょうね。

倉坂:大人と子供のバランスっていうか、無邪気なところがあるけどパッと切り替わったところのセクシーさが。ある日を境に急に声とか歌がセクシーに艶っぽくなったんですよね。曲作るうえで意識がねすごいガラっと……。

鮪:変わりましたね。

倉坂:大げさに言うと、イイ曲やけど彼らが歌わなければいけないか?って部分が、彼らが歌わなあかん曲が出来だした時に一気に説得力が出て。うわ、すげえ!って。

――何かきっかけはあったんですか?

鮪:明確には覚えてないですけど、色々ありましたね。昔好きだった子がいて、その子のために曲を書いたことがあって。それまで誰かの事を思って曲を作るっていうのをやったことがなかったんで、それをやった時ぐらいからたぶん変わったと思います。歌う事も歌詞書くことも。

倉坂:センスだけでやってた部分が一歩進んだというか。

鮪:それまでスタジオでパーっと歌ったことをそのまんま歌詞にして、CDにして、あとで「あ、こういう意味の歌詞ができてたんや」って気づくタイプやったんですよ。それは自分の中では、これが自分の中の正解と思ってて。でも、その方法にちょっと意見をもらったことがあって、その時は「ん?」って思ったんですけど、ただそこから考えてみて歌詞を書くってことを見つめ直しましたね。

倉坂:曲を書くペースが凄く早いんですよ。歌詞もよく間に合うなあと思ってました。

鮪:その時は特に何も考えずに書いてたから……。

倉坂:「タイムマシン」(という曲)が衝撃的で。

鮪:その曲をFUZZでやった時に倉坂さんが感動しちゃうっていうことがありました(笑)。

倉坂:僕が失恋ソングフェチってのもあったうえで(苦笑)、正直今より全然歌えてないんですけど、心を込めたらこんなに来るのかって思わされましたね。

自分がこれ(音楽)を手放したら何もないよ

――KANA-BOONとしては2012年で一般的に1番話題になったトピックとしてはキューンオーディションで優勝したことですかね?

鮪:まあそうですね。

――去年のMINAMI WHEELでも入場規制かかって、言ってもKANA-BOONは大阪南部の堺という町のバンドなので、大阪北部のライブハウス周りの人たちは、カッコいいらしいという話は聞いててもライブを見たことがないっていう事が多かったと思うんですが、そういう前触れがあってちゃんとオーディションで結果出したのって凄いなあと。

倉坂:一昨年(2010年)のMINAMI WHEELぐらいからちっちゃく紡ぎだしたものが膨らんでって感じはありますね。

鮪:筋道を作るっていうか。これも教えてもらったことなんですが、年間のスケジュールを立てて、ここでこうやってこれがこの為でここに繋いでとか、そういうのを教えてもらって。2年前のMINAMI WHEELの直後にFUZZで初めて自主企画をやって。

――その後、去年・今年のMINAMI WHEEL、今年の見放題、全部入場規制で。

鮪:あんま実感がなくて。ここまでは凄く運が良かったなと思います。

倉坂:べた褒めみたいになるんですけど、話をしてても彼らは言い訳から入らないんですよ。最初に彼らがいわゆるデモ音源を作った時に聞かせてもらったら、まああんまりな音質だったんで(苦笑)、色々方法を伝えてみたんです。で、ちょっと後にどうなったかって連絡してみたら、もうスタジオも予約してレコーディング始まってます!みたいな(笑)。やっぱ始めたてのバンドが、それなりのレコーディングだと10万単位でかかるわけで、それを自分にポンと投資できるってなかなか無いと思うんです。言い訳を探す前にバッとやってしまう感じはあります。

鮪:何も考えてないんですけどね、あの時は(笑)。

――言われたことを何でもかんでもバカ正直に受け入れてる訳じゃないと思いますし、その点では倉坂さんが言ってるからっていう部分はありますか?

鮪:それしか無いです(笑)。ずっとそうですね。僕らひな鳥みたいな感じで。現に信用できる人やっていうのは分かってるし。いまだに相談は倉坂さんにしてます。ほんまに倉坂さんおらんかったら今はないかもっていう。

――しかるべきタイミングで出会った両者ってことですね(笑)。最近のKANA-BOONとしては、自分たちの音楽が届き始めている実感もあると思うんですが、音楽で飯を食うんだっていう部分の意識はいつぐらいからありますか?

鮪:ずっとですね。始めた瞬間から。割とそこは頑なに。中3からギターを始めて、そこだけは何も変わってなくて。絶対にいけるっていう自信っていうか気持ちというか。

――例えば音楽を始めた瞬間、ほぼすべての人がそう思っていると思うんですが、その感覚ですか?

鮪:あ、それです。

倉坂:僕も、ここ(FUZZ)で会ったバンドに「バンドでどうなりたいん?」って聞くんですが、その時も即答で「プロになりたいです」って言い切ったのも彼だけですね。そう言い切れるなら、こちらも接し方が決まるじゃないですか。シビアな話もできるし。そこもやっぱり彼は言い訳から入らなかったんです。

――その思いが強烈な挫折を味わって破裂しそうになった事とかはないんですか?

鮪:それは毎日思いますけど(苦笑)。それを言い出しちゃったら何もないんで特にこれ以外が。極力捨てるようにしてます。

――そのネガティブな感情を?

鮪:いや、他の選択肢です。自分がこれ(音楽)を手放したら何もないよ、っていうようにはわざとしてきてます。

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