[コラム]山田好転(水、走る)の『元軍人でウルグアイ出身の性格が悪い陰陽師兼妖精コラム〜全然、怪しくないです〜』(2017/04)

[コラム]山田好転(水、走る)の『元軍人でウルグアイ出身の性格が悪い陰陽師兼妖精コラム〜全然、怪しくないです〜』(2017/04)


置いてけぼりの春が到来し、探し物があったので書店に入り用を済ませた後で時間が余ったから陳列されている商品を見て回っていた時のこと。

少年漫画の新作がズラッと並べられたコーナーで、現役時代は普通より多めに漫画読み少年だった僕も今は引退して早幾年。

滅多に読まなくなっちゃって、好きだった漫画の続きも週刊誌で立ち読みして済ませるようになっちゃって、しかも頭にずっとあるわけじゃないから先週読み忘れちゃった!けど別に困らなくなっちゃって

この世に膨大な数ある漫画から自分に合うものを探す気力が別の方向に向いた実感をつらつらと。

そのまま書店を出て人と会い飯を喰らい茶を飲み別れを告げ歩いていると

「読まなくなった本、買います」と古本屋でもないのに道端の立て板に殴り書き、その傍に老婆が鎮座ドープネス。

おっと、薬が切れて幻覚を見ているのか私は。目をこすこすこするこする。

餓死仮死、にんまり老婆のにんまり度は上昇し続け「お兄さん」の「お」を発声する直前の口元。

逃げ遅れたようにたじろぎ「お」を待たず、「本ならなんでもいいんですか?」と質問し鞄を漁る。

特に今すぐ小銭が欲しいわけではなかったけれど目の前の奇特な状況が好奇心を煽りに煽るので、ちょうど読み終えた文庫本がこの後の自分と老婆にどんな影響を与えるのか興味があって投げ出すこととなった。

「これなんですけど」と差し出したのはアンドレイクルコフ著『ペンギンの憂鬱』

動物園で憂鬱症のペンギンの引き取り手を探していたところ、名乗り出たのは売れない作家のヴィクトル。彼がペンギンにミーシャと名付けたあたりから物語は進み出し、ペンギンじゃないミーシャによって新聞に有名人の死亡記事を書く仕事を与えられ、疑似家族となるニーナとソーニャの登場と共に実態の把握出来ない事件性のある物語に巻き込まれていくウクライナの名著。

「おやまあ、なかなか良いの持ってるじゃないか」と老婆。

その言葉に強烈な違和感を覚えながらも「いくらになりますか?」と僕。

「そうさねえ、少し待ってくれるかい?」と言いながら単行本の装丁をさわさわさわるさわる。

窪んだ目が落とし穴みたい。深い皺が山脈みたい。と思いながら所在なく立ちすくんで待っていると

「5000円でどうだい?」と片目を開けてこちらを見たので想像より0が二つ多くて戸惑っていると

「あたしゃね、あんたの思い出ごと買うんだよ」と諭すような口調で言う。

「はあ、。思い出、、ごと?」

この本に出逢ったのは一年半前、某書庫のある喫茶店で幾千幾万の中から僕に読まれることを待っていたというように手が導かれページをめくり始めたのであるが、その場所でしか読まない取り決めを僕は僕と結んでいた。

都会の書庫に、そこでしか読めない本を持つ快感は分かる人にしか分からないであろうけれど

例えるなら、風景画。その絵でしか出逢えない色彩や画角、目に映る印象。

そのことを僕しか知らないという美徳。

ロマンに生きるからには日常もそうでないといけないポリシーを胸ポケットに所持。

していたものの、書店のみならず経済の循環においてこと商品の物流には返品という概念がついて回る。消費者によって、ではなく卸売業者から委託され小売業者が取り扱い期間を決めてその間に消費者の手に届かなかったものは卸売業者の手にまた戻る。あるいはどこか別の場所へ送られる。

つまり、既にその本はいくつかの旅をしてその場にあったのだけれどある日いつものように書庫兼喫茶店に行くとその本が消えていた。

好き?んー、いや好きっていうか気になるっていうか。愛嬌はあるよね。なんかでも自分以外の男と話してるの見たらざわざわするねんなあ正直。でもこれって恋と呼ぶほど発展してないし、え?そうなんかなあ。自分の気持ちほどわからんなあ。え、、?!あ、、そうなんや。。三組の吉田と、付き合ってんねや。んー?いやいや、ええやん。お似合いやとおも、あー。、そうなんか。。

みたいな気持ちになって人間あるあるの「なくなってからものの価値を知る」というのが発動し注文し購入せしめたこの本。

その全てを5000円で売れというのか。

心は決まった。「やっぱりやめときます。すいません。」と言いながら老婆に目をやるともうそこには老婆も立て札もこじんまりとした露店も全て跡形もなく消え去っていた。

僕は何故か清々しい気持ちになってこの本を人にプレゼントしようと思った。

売るには高すぎるし、捨てるには貴重すぎる。置いておくとこの本の旅はここで終わってしまう。

というわけでどなたか読みませんか?

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◆自己紹介
山田好転(Yamada Koooooten)
大阪の『水、走る』というバンドのフロンマンで、ソロ名義での弾き語り活動もしています。元軍人でウルグアイ出身の性格が悪い陰陽師兼妖精です。全然、怪しくないです。
◆Twitter
koooooten(個人)
mizuhashiru(バンド)


◆HP
mizuhashiru.com