[コラム]山田好転(水、走る)の『元軍人でウルグアイ出身の性格が悪い陰陽師兼妖精コラム〜全然、怪しくないです〜』(2016/06)

[コラム]山田好転(水、走る)の『元軍人でウルグアイ出身の性格が悪い陰陽師兼妖精コラム〜全然、怪しくないです〜』(2016/06)


《唄わない旅》

・プロローグ

2016.5/13未明〜5/17深夜まで音楽を志してから初めての『唄わない旅』に出ていた。

事の発端は、沖縄に移住した幼馴染が久々に大阪に帰ってきていたタイミングで会えなかったので、彼が帰ってからしばらくして僕が謝りのラインを送った後の返信で

奴が何気なく目の前の風景を写真で送ってきたことがきっかけになった。

いわゆるエメラルドグリーンの海と高い青空、生命力溢れる植物と透明の風。

それら全てに引き込まれて、多くの人々が抱いている行けたらいいなあという気持ちが、行きたい。に変わった瞬間だった。

しかし仕事や金の都合もあるので、パッ!と行けるものではなく

これはもう本当にタイミングとしか言いようがないのだけれど二ヶ月前に旅が決まった。

最初は自分の音楽を連れて行くことも考えたけれど、生身の人間として旅が出来るタイミングはこれからの人生でそんなに多く訪れる気がしなかったので置いていくことに決めた。

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・第一章

まずは調査。宿泊は後回しで良いとして自分はどこに行きたいのか、そこへの移動手段は、費用は。

いくつか挙げて大筋の行程を決めた。

次は相談。

これは社会人になって少しずつ勉強中の世渡り処世術の一つ。

人は他者に頼られると少し嬉しいものだ。

そもそも一人っ子でB型という素性がバレたら敬遠されがちな現世への登場の手続きを済ませてあり、だいたい何もかも自分で決めて生きてきた。

周囲の反対を半笑いで押し切ることもしばしば、それにまつわるトラブルは全て自らの手で葬ってきた。

冬に覚えた唄を忘れてストーブの中に残った石油と氷柱のように尖って光るがやがて溶けていく激情のカスを音楽室のピアノでジェリー・リー
の演奏技法で弾き倒した後に骨身をさらけ出したその後で散文的に笑ってたら、渡り廊下で絡んできた先輩を殴ったら帰りに何人かで待ち伏せてやがって袋叩きに遭ったり遭わなかったり。三年校舎に乗り込んだり乗り込まなかったり。

青春が溢れてしまいました。

相談というのは先人に学ぶことですね。ガイドラインにあるようなオーソドックスな観光地へ赴いた人の実体験や、そうしなかった人は一体どこへ行ったのか等。

これが十人十色で実に興味深かった。

自分の考えた行程とは全く違うものも多くあって、返答者のパーソナリティーも見えてくる面白さ。

酒席にて架空の旅をでっち上げてプランを話し合う遊びをしたい。求ム!同意者。

何人かの経験や推薦などメモにメモを重ねたが、それらの走り書きは後で役に立つことになった。

一番近いプランニングをしていたのは高校生の頃からの友人で今は服飾関係の仕事をしていてInstagramで、一般人とはかけ離れた段違いの遊ぶ能力の高さを見せつけているA氏。確かにこいつと遊んだらだいたい楽しい。発想力が違う。

彼は女と行ったらしいので、やれやれ高尚な旅をなんと心得るか。と恨み節を炸裂させながらも

行程が近かったのと時期的にも僕が行く二週間前だったので装いなどの面でも参考にはなった。

次に、職場の上司に話してみる。

既に何度も訪れてらっしゃるので現実的かつローカルで非常に実りある調査になった。実際、一番有力なアドバイスを頂き130°ぐらい変更になった行程もある。

最後に、バンド筋に当たる某バンドのフロントマン。

彼も言葉にしないが女の影が見え隠れするのであまり当てにしていなかったけれど、これが本当に役に立たなかった。

たまたま別件で連絡した時にちょうど滞在中だったらしく

シーサーいっぱいいますよ!

だとか

オリオンビールが云々!

だとか

¥$/〒・♪☆>|○#%×

だとか、世が世なら裁かれているレベルの情報のなさ。

諸人こぞりても要人はほぼ在らず。

という昔の偉い人の言葉通りとなった。ちなみにそんな言葉はなく、そのままそれっぽく言ってみただけである。

兎にも角にも、それらの情報を元に完璧な行程表が完成した。

彼(行程表)の名を正義と名付けた。読み方はもちろん「ジャスティス」である。

彼の存在は僕に、整然かつ静謐で格式高いモダンな旅を予感させた。

日々の激務の合間にチラチラと見ては、黄金の様に輝く紙面でひたすら眼が踊った。まるでサタデーナイトフィーバーだった。

唄は置いていくと決めたけれど海を越えて持って行かねばならぬ案件があり、全てを忘れてバカンス!というわけにはいかなかったがそれはそれで充実した時間になるはずと言い聞かせてアテンションを要求されるのだった。

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・第二章

いよいよ都会での暮らしを一時停止して南の島への高飛びを決行する日が来た。

人目を避けて逃走を図っているような気分で扉を開けた。朝の街は群青に染まり、暦の初夏は薄ら寒い嘘のようだった。

冷える身体をさすりながら灼熱の大地へ想いを馳せて乗り込んだ電車で早くも最初の行程が揺らいだ。

基本的に僕は変化を恐れない。というか変化することだけが変化しないイズ座右の銘。

初志貫徹は念頭に置きつつも、それを成すための変化はいつだって必要だと思っている。決定を疑いながら生きている。

電車に乗って空港への到着時間を読み取る。府心へ出てからはバスが有用であるが、無駄に時間を浪費する。

ならば鉄道を乗り換え乗り継ぎ往くか。確かに費用もそちらが財布に優しい。

しかしながら、眠い。

当然、頂上付近の八合目あたりまで労働していた上に荷造りなどもあえて全くしていなかったのでほぼ無眠状態での敢行。

それなら府心からリムジンバスで直行するのが吉か。しかしバスは混めば次を待たねばなるまいし、やはり少々値が張る。

本当に少しなのだけれど生粋の大阪の血がそれをなかなか容認しなくて会議を要求している。

如何ともし難い二択は睡眠の足りてない頭にのしかかってきた。

しかしながら、これらは至極どうでもよいのである。

これが旅情に影響するはことは皆無。

乗り換えめんどくせえ。バスでいいや。と結論。ここまで書きながら悩み始めてから決断するまで実は15秒ぐらいであった。我ながら決断力のある男だと思う。

無事、ドライバーに快活な朝の挨拶をして、着席し、瞬きを二回ほどしたらそこはもうエアポート。

然るべき手続きを済ませて時間に余裕を持たせたので優雅に朝食を頂いた。

サラダのキャベツが古くなって苦かったが、コーヒーも苦いし別に苦いことが悪だとは思わないようにしたけれどキャベツは本来、甘みの強い野菜であり札幌へ行った時などは非常に感銘を受けた。札幌は、、、

おっと、ついつい在りし日の札幌激情乱舞旅のことを書き出すところであった。今回は反対!沖縄での紀行文を書いている。

昭和の遺産と呼んでも過言でない無茶で無知な世代の集団がウエイトレスを困らせているのを尻目に颯爽と席を立ち、こんなところで怒れるほど僕の憤怒は安くないのだと言わんばかりに、むん!と胸を張った。

陳腐な怒りに触れること程、不愉快なことはない。一生、文句言っとけ。と思いながら保安検査を見事ストレートで通過して奥の待合室へ。

見るからに同世代のグループはだいたい三人組。ズッコケてればいい。僕は孤高の戦士である。寂しさは六歳の時にミニカーに乗せて窓から飛ばしたきりだ。

いざ、エアロプレインよ!我をいざないたまえ!

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◆自己紹介
山田好転(Yamada Koooooten)
大阪の『水、走る』というバンドのフロンマンで、ソロ名義での弾き語り活動もしています。元軍人でウルグアイ出身の性格が悪い陰陽師兼妖精です。全然、怪しくないです。
◆Twitter
koooooten(個人)
mizuhashiru(バンド)


◆HP
mizuhashiru.com