[コラム]いおかゆうみの「ちぐはぐな日々。」(2014/12)


なんとなく何も言えなくて、ああ、そうなん。そっか。けどまた会えるやん。で、終わらせてしまった。勿体ないことなんかな。ただ笑うことしかできなくて、寂しいとも悲しいとも違うくて、あの人、どこに行ってしまうんやろ、って感じ。どこにも行かへんってことはないねん。わかってるねん。うちもまあまあ生きてきたから。まあまあやけど、生きてきたから。引きとめるのも違うくて、けど、大笑いして見送るのもなんかしっくりこんくて、じゃあどうする、うちはうちで生きていくわなあって。

このコラムを好きやって何回も何回も大きな声とあほみたいな笑顔で伝えてくれた人がおる。誰よりもその人が一番、伝えてくれた。あほみたいな笑顔で。

大きな目、ニカッと笑いながら、愛を惜しみなく与えるその人は、いつもなんとなく少し寂しそうやった。かっこええ顔してるのに、歯がなくなったり、骨を折ったりと忙しく楽しそうですごく良い。酔っぱらったらめんどくさくなるのは、うちと似ててすごく良い。恥ずかしげもなく言えば「友だち」より「仲間」であるその人は、うちがいいライブしたらめっちゃ嬉しそうにしてくれる。「お前、今日めっちゃかっこよかったわー!」ってお酒持ちながら、あのあほみたいな顔で肩組んで。

「お前は幸せなんか!」ってちょっと怒ったように聞いてくるのが嬉しかった。「お前は幸せになっていいのに!」ってちょっと怒ったように言うてくれたのもうれしかった。覚えてなくてもええねん。うちが覚えてたらええねん。そうやって誰かに聞いてほしかったし、言ってほしかったんやなあと思う。なあ。
うちは結局自分から何も聞けへんかったけど、君が言うてくれた言葉も話してくれたことも大体は覚えてる。

会わんくなるわけじゃなくとも、会えんくなるわけじゃなくとも、
それでも君がステージから惜しみなく愛をばら蒔く姿を観れんくなるのは、やっぱりさびしいな。あの時だけは、あほみたい、でも、何ともなく、真っ直ぐにかっこええのになあ。

音なんかいつでも聞こえる。声だっていつでも聞ける。
何が変わるんやろうか。

また君がうちの歌を聴いたとき、あほな顔してお酒飲んで一緒にめんどくさくなりたい。
どこへいる時も、何をしていても、誰といる時も、いっぱいいっぱい幸せでいてほしい。

それだけ。