[コラム]いおかゆうみの「ちぐはぐな日々。」(2014/09)


午後六時の空も暗くなってきた。朝と夜に吹く風はほんのり冷たくて、遠かった空がさらに遠のいていった。

家の近くの小学校の前を通るとやっぱりそうそう、金木犀の匂いと運動会の練習。ええなあ、運動会。体育祭、じゃなくて、運動会がええなあ。

今のうちがあなたや君にどう見えてるかわからんけど、小さい頃はお転婆やったから運動会が大好きやってん。走るのもボールを使うのも。

小学三年生から父子家庭やったから授業参観があってもお父さんが来れへんのは当たり前。だからうちは授業が始まる前に教室を見渡して、友だちのお母さんを何人か探す。その日一番自分にしっくりくる人(別に基準があるわけじゃなくて、本当に何となく決める)を自分のお母さんやと勝手に思い込んで悲しくないフリ。頑張ってるフリをして何とか授業参観を終える。

そういうわけで授業参観は苦手やった、というより、疲れるから好きじゃなかったんやけど、運動会はそうじゃなかった。お母さんはわざわざ徳之島から運動会を見にきてくれたし、しかも会えるのは運動会当日だけじゃなく、その前もそのまた前日も、何日間も大阪にいてくれた。お弁当だって作ってくれた。お母さんが作るおにぎりには小さい頃からずっと同じ。海苔で顔を作ってくれていて、それがうちに似てた、自分で自分を食べるってどういうことやって思いながらも、お母さんがそれを作っている時を想像すると嬉しかった。ほっぺたがな、桜でんぶやねん。おかっぱでな、いっつも笑ってんねん。

あんなに狭い教室で見つけられへんお父さんや、あんなに狭い家の中で見つけられへんお母さんを、広いグラウンドのどこからでも見つけられることが嬉しくて嬉しくてたまらんかった。

玉入れ、騎馬戦、組み立て体操、どの競技の時でもお父さんとお母さんの優しい視線を感じていた。50m走が一番好きやった。マラソンはほんまに嫌いやったけど、50m走の風になる感じ、駆け抜けて苦しくて、けど空さえ飛べそうな、あの感じ。
短距離走は得意やったのに、小学一年生から五年生までずっと二位やった。

うちは小さい頃から集中力がないからか、走ってる時も色んなことが気になる。隣の人どんな顔して走ってんのやろ、とか、今どの辺走ってんのやろ、とか。だからいつも横向いて走ってた。

運動会の日、お父さんとお母さんは何回も涙ぐむ。泣き虫なんは二人に似たんやなあと思いながら嬉しいけど、あーあ、また50m走は二位。お父さんは「また横向いて走ってたなあー。前向いて走らなあかんやろー。」って笑いながら頭を撫でる。

ついに六年生になって、最後の運動会になった。家を出る前にお父さんが「ゆうみ、横向かずに真っ直ぐ前だけ見て走るんやで。」っていうた。はーい、と、興味なさそうに返事をして家を出た。

50m走開始の時間が近づく。最後の運動会は1位になりたいなあ、大丈夫かなあ、とドキドキしていたら朝のお父さんの言葉を思い出した。

パンッ!と大きな始まりの音。

真っ直ぐ前だけ見て走る。
真っ直ぐ前だけ見て走る。
真っ直ぐ前だけ見て走る。

ゴールの向こう、お父さんとお母さんがいるのがわかった。

抱きしめてもらうために走っているような、二人の元に生まれたのは必然やったと思えるような、自分の根源に立ち戻った一瞬。

最後の運動会、うちはちゃんと一位になってお父さんとお母さんがあほみたいに喜んだ。



今のうちの足元にはお父さんが買ってくれたナイキのスニーカー。


お父さん、うち、あの頃より早く走られへんかもしれんけど、あの頃よりうんと遠くまでいけるで。