[コラム]いおかゆうみの「ちぐはぐな日々。」(2013/10)


ねむい。毎日ねむいし、常にねむいし、どんだけ寝たって、それは変わらん。ねむい。
そんなん言うてる間に一日が終わってしまって、そんなん言うてる間に一年がおわってしまって、また歳をとる。

それはどうしてもこわいことやから、逆らうように買ったのがポケモンX。


年長さんの頃、ポケモンレッドをゲット。
その頃うちは、半年ぐらいかどんぐらいかもう忘れてしまったけど、入院をしてた。重い病気ではないけれど、あの時のうちにとって、長い長い時間を病室で過ごした。

病室には左に3つ、右に3つ、ベッドが置かれ、
入り口から見て左側の列の一番入り口に近いベッドが居場所。

それまでのうちの夜は、必ず隣にお父さんとお母さんがいて、真っ暗な天井じゃなくて、ほんわりと豆電球がついていて何もこわいモノなんてなかった。
けど、病院はそうじゃない。

病室が端っこにあったせいで、非常階段を知らせるあの緑色が、真っ暗な病室に微かに入り込んでくる。その色たちから何度もフランケンシュタインを思い出し、入り口から殺していくやろうから、一番最初に殺されるのはうちやな、とか、毎晩毎晩考えてた。

そのせいか、決まってうちが一番最初に起きる。
部屋の奥に一つだけある洗面台で手と顔を洗う。(そういえば小さい時、寝起きに手を洗うのが好きやったけど、いつか親戚にアライグマみたいやと言われて洗わんくなった。)
そしたら右側の列の病室の一番奥、洗面台に近いところにいるお姉ちゃんが「ゆうみちゃんはいっつも早いね。えらいね。これあげよ。」って眠そうな顔のまま、チョコがひとつ、うちの、てのひらの上。

ああ、お姉ちゃんの名前、忘れちゃった。

そのお姉ちゃんのベッドの周りには、たくさんのぬいぐるみ。壁には絵や手紙の数々。この部屋に来ては出て行く子どもたちをたくさん見てきたんやなあ、と、幼いながら切なくなった。
もしかしたら、そのお姉ちゃんに褒めてもらうために早起きをしてたんかもしれん。と、今になって思う。

お姉ちゃんのベッドの隣には、心ちゃんがいた。うちより一つ年上の女の子、いたずらっ子で、気が強い。
週に一回か毎日か忘れたけど、病室に担当の先生がくる。
ベッドの上で聴診器を当てられたり、熱をはかられたり、尿検査の結果を聞かされたりする。大体は、先生が聴診器を外したと同時にうちはベッドから飛び降りて、心ちゃんのところへ。

心ちゃんはいつも「もう一回、聴診器あててって言うて!ほら、はやく!」って耳打ちしてきた。あれは一体なんやったんやろう。うちの担当の先生は若くてスラッとしていて髪の毛もサラサラで、爽やかな好青年やったんやけど、他の子らの先生は白髪でこわそうなおっちゃんやったからかな。ようわからん。

先生はとても優しくて、柔らかく笑うから、お兄ちゃんみたいですきやった。

黄色いナース服の看護師さんたちがいた。
もしかしたら実習生とかなんかもしれん。
うちらはみんな、黄色いナース服の看護師さんたちが好きやった。若くてニコニコしてていっぱい遊んでくれた。抱っこもおんぶもしてくれた。クリスマス会が病院であって、隣の部屋にいる男の子六人と小さい部屋でお決まりのビンゴ大会。その時にいたのも、黄色いナース服の看護師さんたちやった。


そのうち、黄色い看護師さんたちが来んくなった。
寂しくて、寂しくて、白いナース服の看護師さんに「黄色いひとがいい!黄色いひとがいい!」って泣きわめいたのを、覚えてる。
「もうおらんねんで、ゆうみちゃん、もうおらんねん」って言われて、病院ってところはなんて寂しいところなんや、と、思った。冷たい、嫌いや、はよ出て行きたいって、思った、初めて。保育所のお泊まり保育に行けんかった時、うちは毎日がお泊まり保育やって思ってた。

どんだけ仲良くなっても、結局どこかへ帰ってしまう。
うちもみんなも退院したら、お家へ帰ってしまう。
あの子も退院してから、何をしてるんかわからん。

それでいいはずやのに、それがいいはずやのに、
退院して、それぞれの暮らしに戻るのがいいのに、なんでかこんなに悲しい。嫌いなんて大きなうそで、保育所は保育所で大好きやったけど、病院は病院で大好きや。毎日毎日、「退院してもいいですよ」って言われるのが楽しみなようで嫌やった。ここにいつまでおれるんかわからんのは、ほんまに、めっちゃ、こわかった。

病室のみんな、ずっとおる気がしてた。

けど、ここは、さよならばっかりの場所や。


その後すぐ、お父さんがポケモンレッドと赤いゲームボーイを持って病室にきた。「いいなあ、いいなあ!ゆうみちゃん、めっちゃええやん!」そんな声たちの真ん中でニコニコするんは、うちとお父さん。

うちだけ外の世界に触れたような優越感が少なからず湧いてきて、そしたらあっというまに退院の日がやってきた。

退院してからわかったこと、なんと、心ちゃんは従姉妹の友だちやった。それやのに、退院してからは一回も会わんかった。それは心ちゃんだけでなく、やっぱり病室の誰とも会ってない。今になっちゃ名前もわからんから、きっと会ってもわからん。

新しいポケモンが出る度に、自分の手元にある赤色がどんどんくすんでいくみたいで、そしたら病室で過ごした時間も思い出もくすんでいくみたいで、新しいそいつらを知ろうともせんかったんやけど、なんとなく、そういうのん、 やめた。



気ぃついたら終わってるような、そんな時間の早さに、今は逆らっていたいなあ。

なんしか、ポケモン、やで。

ゲットせなあかんで。