[コラム] ゆかわまりをの「質実剛健親愛包容」(2013/10)


短編読み切り小説
『夢のトンネル』

ゆかわまりを 著




「おい、まりを、ほんまにこっちであってるんか?」
 夕日で照らされ暑くなった車内の中、多分、っと僕は答えた。

 僕とかつじの乗るカリーナEDは、大阪市内から御堂筋に乗り、亀岡方面へ抜ける道を探して、今箕面らへんをうろうろしている。

 今僕らの乗っているこのカリーナEDは、周りの車に比べるとそれなりの年代もので、角ばったボディの吹き付け塗装はところどころ日焼けでめくれ、シートも肩や膝の裏あたりが擦れて生地の繊維を露出させてしまっている。

 おまけにEDなんてサブタイトルを車名に付与させられているもんだから、まだ二十歳にもならない僕らの仲間うちでは、インポの車だなんだと、揶揄され嘲笑される始末である。

 しかしながら、古いとはいえトヨタの大衆車、僕らの迷いこむ荒れた未舗装路にものともせず、ぐいぐい進んでいく。

 そして僕はまた、ごめん、と言い、Uターンして未舗装路を戻っていく。どうやらこの道だとまた南へ向かってしまうようだ。僕は地図には強いはずなのだが、なぜか今日は冴えない。

「でも、なんだかんだでまりをって大概どこでも地図無しで最終的にはいけてまうんやから、そこはすげぇわな」
 一応褒めてもらっているのか、こういう発言を時々含ませてくるのも、かつじの得意な?言い回しだ。




 空は茜色に染まり、カラスが鳴きはじめる。車は広いグラウンドのある丘の到着した。グラウンドでは野球のノック練習が10人程の選手で行われている。練習は昼間から行われているのか、夕暮れの今、選手達はみんなだいぶ疲れ果てているようだ。車道はそこで轍以外は草の生えた未舗装路すら終わり、山道に変わった。

 車でいけるのはここまでみたいやな、下りよう、こっからは歩きやで、と僕はいい、丘の上に車を残して歩きだすことにした。かつじも少々不服そうな顔をして歩き始めた。どうやら歩くのがあまり好きではないらしい。

 山道は10月の涼しい気候で、道には枯れ葉もつもり始め、ウォーキングにはちょうどいいシチュエーションなのだが、かつじにはどうも退屈なようだ。どうも落ち着かない様子である。しかし今、僕らはどうしてもこの山を抜けなければならないのだ。




 しばらく歩いていると、かつじが不意に口を開いた。
「おい、普通に歩くのは飽きたからここからはゲームをしよう」
 …飽きるとか、そんな問題じゃないだろう…とも思ったが、これが彼の性格、個性であり、彼にとってはそんな問題なのだ。

 どうせまたしょうもないことやろう、と毎度思うが、結局やらないとラチがあかないことは経験上よくわかっているので、まぁええよ、何するん?と一応聞くことにした。

「ただ歩くのは退屈やから、じゃんけんして、負けた方が勝った方をしばらく背負って歩くことにしよう」
 …案の定しょうもない。しかしまぁ要はじゃんけんに勝てばいいのだな。オーケー了解、ほなじゃんけんしよか、最初はグー、じゃんけん…

 僕とかつじはこんな調子で、これまで数々の、実にしょうもない勝負を繰り広げてきた。ビリヤードやボーリング、居酒屋などの会場で、金銭やイッキ呑みを賭け続けてきた。僕も誘いを断るのが嫌いな性格で、勝ちゃいいんだろ、勝ちゃあ…という具合に、勝負をだいたい請けてしまうのである。しかしこの男、運だけは強いようで、僕は往々にしてカモられ続けていたのも事実である。もしかして今回も初戦は敗退するかもしれないな…。

……

「おいー、マジかよー…」
 僕は今かつじの背中に跨がっている。少しだけ高くなった視線から眺める秋の山道は、なかな気分が良い。潔く負けを認めた彼は、思いの外、丁寧に僕を背負ってくれている。僕に重さがないのか、彼に体力があるのか、僕らはじゃんけん前とさほど変わらぬスピードで、山道を再び歩き始めた。




 気づけば後ろから見知らぬ男性が迫って来ていた。後方から少しずつ、僕らとの距離を縮めていたようで、僕とかつじが気づいた時には、男の顔や身長などがだいたいわかる程度にまで近づいていた。

 30歳くらいの痩せ型で、身長は180cm近くあるだろうか。赤・黄・ベージュの色褪せた地味なチェックのシャツに、地味なベージュのメンパン、ややハンサムな顔立ちに髪型は往年のセンター分けで、いかにも休日のお父さんと言ういで立ちだ。真面目そうな顔をしているので、普段はどこぞの企業戦士として奮闘されているのであろう。

 それでも、僕らと男は互いのペースを守って歩いていたので、我々の距離は少しずつ縮まっていき、7〜8m程の距離になった時、男がふいに口を開いた。
「おーい、どこ行くんな」

 やれやれ…変なのと遭遇しちゃったな…しかもこんな人気のない場所で…かつじもそう思ったに違いない。我々が話せば向こうにも聴こえるだろう距離ゆえ、我々は返事をせず、黙って歩き続けた。歩くペースを少しだけ上げたけれども、男も同じだけスピードアップしたようなので、距離が離れることはなかった。

「おい、待ってよ」
「ちょっと話しせぇへんか」
「俺と仲良くなったら楽しいよ」
 …男の口から、次々と誘いの言葉が放たれている。僕らは、その言葉の数だけ不信感・気味悪さを募らせるのであった。しかし、このまま無視し続け、ここで男にトラブルを起こされては、僕らの崇高なる目的が達成せしめられなくなる。少し考えた末、僕はハイハイ、とか、そうやね、など、たまにテキトーに、相槌をうつことにした。かつじは引き続き一言も発することなく、僕を背中に乗せ黙々と歩き続けている。

 しかし僕の相槌が火に油を注いだのか、男の気持ちは高揚したらしく、誘いの言葉は次第に性的で猥褻な内容に変わり始め、僕らはますますバツを悪くするのであった。




 こうして、しばらく山道を歩き続け、京都へ抜けるトンネルが見えはじめた時、僕は耐え切れなくなり、口を開いた。こいつ絶対おかしいわ、警察呼ぶで!と。
「おう、頼むわ!電話して」
僕は110ではなく、携帯の電話帳に登録していた地元警察署へ、かつじの背中から電話をかけた。

 直ちにオペレーターに繋がれ、場所や状況の聞き取りが迅速に行われる。警察官に早く来てもらい、この男をなんとかして欲しい…と強く願う気持ちが、ペレーターとのやり取りを無駄のないものにさせることが出来たので、僕は一瞬少しだけ嬉しくなった。

 そしてトンネルの入口に差し掛かる時、男の特徴である服装や顔立ち、予想年齢、180cm以上あるであろう身長のことを伝えると、それが聞こえたのか、男の態度が豹変したのが見て取れた。

 つい先ほどまでとは明らかに表情が違う。こめかみの血管は浮き上がり、目は大きく見開かれている。
「おまえら何電話しとるんや!」

「あかん、まりを、降りろ!走るで!」
 僕もついにかつじの背中を下り、薄暗いトンネルの中を二人で走って逃げることになった。

 かつじは高校時代サッカー部の主将をやっていたこともあるらしく、酒席にて当時のサッカー部での武勇伝を何度か聞かされたことがある。歩くのが嫌いな割に走るのは速く、僕を尻目にトンネルの奥へ、アッという間に走り去ってしまった。しかし昔からスポーツの苦手な僕は、すぐに息が切れはじめ、頭に血が上り、脚が思い通りに動かなくなりはじめた。

 一方、男はスリムな身体に裏付けられているのか、スピードの衰える気配はなく、僕はトンネルを入ってしばらくしたところにあるコンビニエンスストアの前でとうとう追いつかれてしまった。




 …追いつかれてしまったな、でもラッキーなことにここはコンビニの前だぞ…さぁどうする気だ…?僕がそう思ったのも束の間、男はそのままかつじを追ってトンネルの奥へ走り去ってしまった。やれやれ、助かった…と思い、その場でしばしへばっていると、トンネルの入口方向よりサイレンの音が次第に近づいてくる。

 警察だ!僕の心は一気に軽くなり、身体に元気が戻りはじめた。2台のパトカーが向かってきたのだ。パトカーは僕の前で停車すると、内1台から下りてきた警察官が
「通報の方ですか?」
と尋ねてきた。

 僕は、そうです、怪しい男は友達を追って奥に…、と答え、トンネルの奥を指すと、
「わかりました」
 警察官は車に乗り込むと、ドアをおもむろに閉め、パトカーはそのまま2台とも奥へ向かっていった。

 また、少し遅れて、かつじの妻と娘、そして僕の妻と息子も、かつじの車でコンビニエンスストア前に到着した。そこまで大袈裟なことでもないのにな、と思ったが、そう口にするのはやめ、僕は素直に家族との再会を喜んだ。妻に怪我はないかと尋ねられたが、少しびっくりしただけだよ、大丈夫、と答えた。かつじの家族には、今トンネルの奥の方にお父さんがいるけど、パトカーも行ったしすぐ戻ってくるよ、と説明し、落ち着いてもらった。

 そうする内に、2台のパトカーがかつじと男をそれぞれに乗せ、コンビニエンスストア前へ戻ってきた。かつじはそこで車を降り、そのパトカーの警察官も降りてきて逮捕の状況を説明してくれた。なんでも、男はこういった変質行為の常習犯らしく、パトカーを見ると大人しく逮捕に応じたらしい。また、かつじの方が男よりも脚が速かったらしく、トンネルの奥でも全く問題はなかったそうだ。



「ほんまマジでびびったわぁー!これはなかなかない体験やで。」
 かつじは恐らくこの事件を、飲み会などするたびに語りはじめるだろうな、僕は彼のこの台詞を聞いてそう直感した。

 お互いの家族が揃ったところで、20〜30分くらいだろうか、しばし立ち話に花を咲かせていると、青と黄色のチェックシャツ、青いジャージの痩せ型の男が足早に目の前のコンビニエンスストアに入店するのが、不意に僕の視界に入った。

 僕は立ち話に加わりながらも、やや挙動不審に見えるその男の動をそれとなく観察していた。商品を選ぶフリをしているが、人目を気にしているようにも見える。僕らの位置から店までは片側一車線ずつの車道を隔てているので、顔や表情まではわからないが、やや目立つそのいで立ちと動きで、どうしても気になってしまう。

 するとパトカーがサイレンを鳴らし、コンビニエンスストア前の僕らの元へ戻ってきた。警察官が車を下りてきて、慌てた様子で僕らに言った。
「すいません、先ほどの男を取り逃がしてしまい…こっちの方に来たはずなんですが、見ませんでしたか?」



 途端に僕とかつじの家族の顔から血の気が引いていくのを感じた。でも僕とかつじは、ややびっくりはしたけれど、さほど不安を感じているわけではない。僕はともかく、すくなくともかつじの方が腕っ節は強いのだろうから。

 男のことはわかりませんが、なんか怪しい人なら今コンビニの中に居ますよ。たださっきの男と服装は違いますが…、と僕が言うと、警察官はすぐ
「ありがとうございます!すぐ見てきます」
 と言い終わるまえに僕らから離れ、2人でコンビニエンスストアに入って行った。

 コンビニエンスストアにいたのは同じ男だった。すぐ捕物となり、男はまたあっさり捕獲され、手首にタオルをかけられ、2人の警察官に連れられてパトカーに乗せられた。別の警察官が僕らの元へ来て説明した。
「実はあのあと、ある理由で服を着替えさせたんですよ。その時にちょっと不意をつかれまして…よく教えていただきました」




 僕らはみんなかつじの車に乗り、その場を後にした。トンネルを出た時に見えた三日月が、僕らみんなをとても美しく照らしていた。



※全てフィクションです。
−−−−−−−−−−−−−−
SUNVULCAN、12/29(日)、Fireloop2001出演決定ッ!

詳細は次号ッ!

http://www.geocities.jp/sunvulcankm/
−−−−−−−−−−−−−−
前回記載のメン募も引き続き有効ッ!