[コラム]いおかゆうみの「ちぐはぐな日々。」(2013/08)


「夏の匂い、夏の色、夏の濃さ、夏の音、夏の味、夏の光、それしかないなあ。」



先日、名張市駅に着いた瞬間に思ったこと。

丁寧な暮らしが広がっている街やなあと思った。うたをうたいに行ったんやけども、聴いてくれはる時も名張の方たちは一音一音受け止めてくれている感じがした。ゆったり、しっかりとした眼差し。

打ち上げで回転寿司を食べにいって、その後に花火をした。



夏は全て思い出になる。

いつも通り話してる横顔も、なんとなく見上げた空も、アスファルトに張り付いた自分の濃い影も、転がってる空き缶も、誰かの声とまざった蝉の鳴き声も、そこに在るもの全て。



思い出は寂しい。ものすごく寂しい。

終わりを見つめてしまうあの感じが、ものすごく寂しい。

「あ、この瞬間いつか思い出すやろうなあ。」と、ふと思ってしまうともうあかん。花火を見つめている誰かの目とか見てしまった時にはもうあかん。だから名張の夜も、なんとなく寂しくて悲しくて、花火見たら切なくなるんはそりゃもう当たり前のことなんやけど、誰かが「いい夏の思い出やなあ」って言うた瞬間にそれが溢れだして零れ落ちて、頭上には数えきれん程の星。



終わらんように終わらんように、例え終わってしまっても忘れないように。思い出せばまた始まる。だから、そう、忘れないように。そのきっかけのために夏があるような気がして、ああ、ほらまた苦しくなる。



うちは夏になるといつもそんなことを考えながら街を歩く。

夏が苦手というよりも、夏がこわい。

死ぬ時は夏のこと思い出すんちゃうかなあ。





終わりはいつも美しいなあ。